続々々・メガネのつぶやき

主にFC東京、サッカー、当たらない競馬予想の3本立て。思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

新たな「レジスタ」とともに

 ついに発表された、武藤嘉紀マインツ完全移籍。文字通り右肩上がりで、瞬く間にJリーグのトップスターへと駆け上がったこの俊英が、欧州でどれだけのプレーを見せてくれるのか。今はただ、期待して待っていたいと思っています。
 と同時に、FC東京からすれば、あまりにも大きな戦力を失うこととなりました。今季のリーグ戦17得点中9得点を一人であげ、持ち味であるスピード勝負のみならず、時にはロングボールのターゲットとしてエアバトルやポストプレーも担い、守備でもその足を止めることなく前に、後ろに奔走する。良くも悪くもその「依存度」はかなりのレベルに達していて、今季のCL4強クラブで例えるならば、バルセロナにおけるリオネル・メッシユベントスにおけるカルロス・テベスバイエルン・ミュンヘンにおけるアリエン・ロッベンレアル・マドリーにおけるクリスティアーノ・ロナウドレベルと言っても過言ではないのかなと(絶対的な能力値とかチームでの役割とかではなく、あくまで相対的な物の例えとして捉えてくださいませ)。もし仮に、彼らがそれぞれのチームから去ったとしたら、当然に指揮官は攻撃のやり方、考え方を変える必要に迫られると思いますが、今の東京における武藤の移籍についても、同じことが言えるのではないでしょうか。
 水曜日のナビスコカップ、湘南戦のあとにツイッターやらなんやらを眺めていると、やはり「武藤抜きでやっていけるのか?」「武藤抜きの形を考えているのか?」といった意見が見られました。もちろん、「依存度」が高い選手なわけですから、そう考えてしまうのも無理はないところ。ただ、私はそこまで悲観していません。その理由を冗長に書きながら、「武藤なき後」について妄想を膨らませてみたいと思います。


 先日、こちらのエントリにおいて、こんなことを書きました。

今季ここまで、中盤3枚は「底に梶山+米本+羽生or三田」、前線3枚は「トップ下河野+武藤+誰か(前田、石川、林、東)」という形が多く見られますが、武藤の相方がここまでタイプの違う選手でコロコロ日替わりになるのは、やはり好ましいこととは言えません。しかも、実は武藤自身がプリモプンタ、セコンダプンタのどちらにも属していない特殊なタイプの選手だと最近思い始めていて、果たしてFW起用が正解なのかも分からなくなっているところ。

 これだけ得点を奪っている選手に対して「FW起用が正解なのかも分からない」って、我ながらだいぶ素っ頓狂なこと書いてるなぁと思うわけですが、少なくとも、FWとしての武藤はプリマプンタではなく、セコンダプンタでもないと感じています。とここで、一口にプリマプンタ、セコンダプンタと言っても、本場イタリアではさらに詳細な区分けがあるようですが、いろんなサイトを参考に、武藤がどのタイプに属するか当てはめると、「プリマプンタ・ディ・モビメント(ダイナミズム型ファーストップ)」というタイプに当てはまります。ただ、あるサイト上で挙げられていたこのタイプの外国人の代表例3人、ティエリ・アンリサミュエル・エトーディディエ・ドログバと比較して決定的に違うのが、「1トップを張れるかどうか」。この3人は真ん中に1人居を構えながらも、アンリはサイドに流れても脅威になれる点、エトーはしたたかに裏を狙える点、ドログバはCBとバチバチやりあえる点で、ファーストトップとしてのプレースタイルに幅を持たせられる選手たち。一方で、武藤が1トップとして機能するか?と考えるとあまりいいイメージは浮かばず、今みたいな2トップの1角、もしくは3トップ時のウイングや中盤4枚のサイドハーフとしてプレーさせた方が持ち味を活かせるタイプで、厳密に言えばファーストトップとは言い難いところ。同時に、セコンダプンタでもなく。もっと主観で言えば、爆発的なスピード、それを繰り返せる筋持久力、ラインとの駆け引きの上手さ、そして、良くも悪くもコンビネーションに加担して崩すタイプではない、さながらアンドリー・シェフチェンコマイケル・オーウェンフェルナンド・トーレスといった「カウンター特化型のストライカー」なのではないかと私は思っていまして(異論は受け付けます)、そんな武藤が、昨年からやってきたマッシモの「堅く守って即興でカウンターを仕掛ける」戦術とマッチするのはある意味で当然のことですし、チームとして一番マッチする選手を活かさない手はないわけです。


 余談ですが、シェフチェンコオーウェン、トーレスは、いずれもブレイクスルーした次のクラブで、大苦戦を強いられました。理由は様々ありますが、1つ共通して言えるのは、自身が輝けるプレースタイルが、次のクラブとは全くのアンマッチだった点。そう考えると、武藤がマインツへ移籍してどのポジション、どの役割を与えられるかはまだ分かりませんが、「FWとして」今のプレースタイルのままやろうとすると、かなり厳しい状況に陥る可能性も少なくないと見ています。ただし、前述の3人と決定的に違うのが、「サイドアタッカーウインガー)としての素地もある」こと。イタリアで言うところの「アタッカンテ・ラテラーレ・アーラ(ウイング型サイドアタッカー)」としてならば、大いに活きる道があるでしょうし、いきなりの大ブレイクすらあると見ています。


 話戻って、水曜日のナビスコ湘南戦。引き分けでも予選リーグ突破が決まるこの試合で、マッシモが選んだ戦術は「左右非対称な可変型」。右は徳永と松田を縦に並べ、左は太田と東を縦に並べ、守備時には松田を最終ラインに下げる(左ウイングバックの菊地につける)5バックも厭わず、とにかくしっかりと後ろに人数をかけて、負けないことを第一に考えていたように見えました(最終的には、はっきりと3−5−2にしてしまいましたが)。攻撃も変に繋いでボールを失うよりは、(ロング)カウンターかロングボールの二者択一に絞り、カウンターは正直うまくいっていたとは言い難いですが、ロングボールに関しては、最終ラインの選手がMFにボールをつけられそうな時でも割り切って長いボールを出し、結果として何度か武藤が裏を取ってチャンスを演出した場面がありました(タマ、決めろよな!!)。
 無論、カウンターやロングボールで武藤頼みという場面はこの試合に限った話ではなく、この試合では結果的にゴールも奪えず、いよいよ移籍が決まったところで「じゃあこれ、武藤がいなかったらどうするの?」と考えた方もいらっしゃったはず。で、その答えは?となった時、私は実は簡単で、「蹴らなければいいだけ」と答えます。…「んなアホな!」という苦笑いが津々浦々から聞こえてきましたが、前線に武藤がいて、どうやって武藤に点を取ってもらうかのみを考えれば、蹴ることが正解。一方で、武藤がいなくなっても同じことをやろうとしたって無理があるのは誰の目にも明らかで(移籍金で武藤みたいな外国人選手を引っ張ってこられたら話は別ですが)、マッシモ就任後の戦い方から、東京ファンならすぐに「今更蹴らずにやる(≒繋いでやる)のは、ちょっと無理じゃね?」と思考回路が働くのも十分理解できます。私もそう思っていましたし、前のエントリのまとめとして「徹底的に突き詰めて、「カウンターとセットプレーしかないけど、何か?」って言わせるのが、マッシモトーキョーの進む道なんじゃないですか?」と書きました。けれど、(舌の根も乾かぬうちに…というご批判は甘んじて受け入れますが)今は少しだけ、そうではない方向に光明を感じ始めている部分もあります。それ思わせてくれるのが、野澤英之の存在です。
 5月30日、対柏戦。梶山が膝を、羽生が肋軟骨を痛めたことにより巡ってきた今季リーグ戦初のベンチ入り。そして、米本のアクシデントにより巡ってきた唐突な出番。多くの東京ファンが野澤のプレーを見たい!と思っていたはずですが、まさかそれが、このような形で訪れるとは夢にも思わず。果たしてどこまでスッと試合に入れるのか、久々の公式戦でどこまで感覚を合わせられるのか。私は正直、期待より不安が優っていました。しかし、その不安はすぐに解消されます。ピッチに投入されてからファーストタッチまでは実に4分近くの時間を要してしまいしたが――これは野澤のせいではないが――そのファーストタッチは、的確なタイミングで顔を出して太田からの横パスを受けつつ、高めに敷いていた柏最終ラインの裏を狙う武藤の走り出しを見逃さなかったワンタッチでのロビングパスという、実に巧みなもの。試合後、「ファーストプレーが大事だと思っていた。そこでよいパスが出せ、今日はやれるという手応えがあった」と語っていたようですが、私もこのワンプレーで完全に試合に溶け込み、感覚を合わせられたと感じました。
 また、野澤投入直後はアンカーに野澤、インサイドハーフに高橋と三田、3トップに(左から)武藤、林、東という形でしたが、ほどなくして高橋と野澤のダブルボランチ、右に三田、左に東のサイドハーフ、林と武藤の2トップという形に変えました。さらに、水曜日の湘南戦も高橋、野澤のダブルボランチで試合をスタートさせました。と、そんな2試合を眺めながら、改めて考えたことがあります。それが、今の日本における「ボランチ」に対するあいまいな概念。ここから一旦、東京から世界に話を移します。これまた長くなりますが、少々お付き合いください。


 「ボランチ」という言葉は、ポルトガル語で「(車の)ハンドル、舵」を意味するものであることは、だいぶサッカーファンに浸透しているはずで、日本で初めてこの言葉が使われたのは、90年代中盤だったと記憶しています。また、今では、「センターハーフに位置する選手=ボランチという使い方が定番となっています。ただし歴史を紐解くと、この言葉が最初に使われたとされるアルゼンチンにおいてセンターハーフをただ単に「ボランチ」と呼ぶことはなく、その役割によってトップ下なら「ボランテ・デ・エンガンチェ」、守備的MFなら「ボランテ・デフェンシーボ」と付属する言葉がついてくるそうです(今でもそうであるかは調べていません)。一方、ブラジルにおいて「ボランチ」と呼ばれる選手は、いろいろな変遷を挟みながらも80年代後半〜90年代前半には「守備的MF」とほぼ同意義だったそうで、分かりやすい例を挙げれば、磐田にもやってきたドゥンガがまさに当時の「ボランチ」像そのものだ、という記事もありました。しかし、時代を経て、スカウティングの技術にも発展がみられるようになると、ブラジル代表の攻撃は「サイドアタックと前線の2、3枚のアイデアだけ」で、「ボランチの上がりなどをケアする必要は全くない」と見極められ、一時期手詰まりになった時期もあった模様。それを解消すべく、ブラジルの各指導者(先駆けは当時の代表監督、ルシェンブルゴだったと言われています)は、「ボランチ=守備的MF」という概念を壊し、このポジションに攻撃の組み立てを行える選手を配置するように意識を変えていき、その流れは今日まで続いています。では、対するヨーロッパはどうだったのか?これまたフォーメーションの変化とともにセンターハーフに求められる役割も変わり、それぞれの国で様々な進化を見せてきたようですが、せっかくマッシモに指揮してもらっているので、ここではイタリアを例に取って話を進めます。
 いきなりそれたところから話を進めますが、イタリアにおける「形」から少し。皆さんも「カテナチオ」という言葉はご存じでしょう。3バック(というよりは5バック)で極端にラインを下げ、最終ラインにはリベロを置き、マンマークでボールを奪い取り、最前線に放り込み、2トップがそれをゴールに繋げる。80年代中盤までは、ほとんどのチームがこの形を基礎にしていたそうです。この時の「メディアーノ(=真ん中の人)」はほぼ守備重視で、攻撃の役割はごく限られたものしかありませんでした(カウンター時の後方支援程度)。しかし、1人の指揮官の登場によって、「革命」とも呼ばれる変化が起きました。その指揮官が、アリゴ・サッキ。それまでのカテナチオではなく、「高い最終ライン」の4−4−2から繰り出す「徹底したプレッシングと緻密なオフサイドトラップ」をベースとした「攻撃的な」スタイルは、イタリア国内のみならず、欧州を席巻する一大ムーブメントにまで発展しました。そして、この変化により、「メディアーノ」に求められる役割も詳細化されることとなりました。
 とここで、サッキはなぜ、この戦術を思いつくに至ったのでしょうか?その答えは諸説あるようですが、定説は「マラドーナ要するナポリをどう止めるか?」説。サッキがミランの監督に就任した際、フロントにマラドーナの獲得を要求したそうですが、世界最高峰かつクラブの象徴たるこのスーパースターをナポリが手放すはずもありません。仕方なく…と言ったら失礼かもしれませんが、とにかく「マラドーナを止める」術をまずは考え始め、しかし、天才すぎたマラドーナを止めきるには至らず。では、「マラドーナにボールを出させない」ためにどうしたらいいか?と思案した結果生まれたのが4−4−2のゾーンプレスだ、と言われています。そんなサッキ式4−4−2において、中盤センターの選手を単に「メディアーノ」と呼ぶことは正確に事(役割)を表していないとされ、ここで生まれた言葉が「レジスタ(=演出家)」「インテルディトーレ(=阻止する人、インコントリスタ(=ぶつかる人)と呼ばれることもある)」の2つで、サッキはその「レジスタ」タイプを高い位置からのプレッシングで徹底的に潰すことでマラドーナへのボール供給そのものを断ち、ひいてはチーム全体の攻撃力を殺ぐことで(当時の最終ラインの選手はそこまでボールハンドリングが巧みでなかったということもありますし)、勝利を積み重ねていったと評されています。


 さらにここで目線を変えて攻撃側、特に「プレーメーカー」という視点で話を進めます(読みづらくてすみません)。「プレーメーカー」という言葉も大変に雑駁な感じではありますが、ここでは「攻撃の中心(攻撃を司るタイプ)」と定義づけます。カテナチオを信仰し、攻撃はカウンターの2トップ頼みというスタイルを重視してきたイタリアにあって、当初プレーメーカーと呼ばれる選手はほぼいませんでした。しかし、80年代終盤〜90年代になると、マラドーナを始め、ジャンフランコ・ゾラロベルト・バッジオアレッサンドロ・デル・ピエロらが2トップの1角のセコンダプンタ(ファンタジスタ)として、カウンター以外でも相手の最終ライン付近で攻撃をけん引するようになります。しかし、先に書いたとおりサッキのゾーンプレス登場により、最前線までボールが運べないという事態が生じました。それに対抗すべく生まれたのが「トレクァルティスタ(=4分の3の人)」。MFではなくFWでもなく、かつ相手の最終ラインとMF2ラインの「間」に位置して攻撃を司る、今でこそ「トップ下」として定番になったこのポジションですが、中盤がフラットであるサッキ式4−4−2がブームとなっていた当時、この「間」で受けられる選手の存在が一躍脚光を浴びることとなりました。代表的な選手は、ジネディーヌ・ジダンでしょうか。
 それでも、攻撃と守備の戦術はいたちごっこのようなもので、プレッシングがさらに進化し、フィジカル力がものを言い始めた90年代後半になると、前だけに起点をして攻め切ることが難しくなり始めます(当時のトレクァルティスタは、往々にして「線が細い」タイプだったというお話もあり)。すると、これまた面白いもので、イタリアでは新たなプレーメーカーが生まれます。それが復権した「レジスタ」。前述のとおり、レジスタという言葉自体は90年代前半にもう誕生していて、サッキ→カペッロと続く「グランデ・ミラン」で言うと、デメトリオ・アルベルティーニがその役割を担っていました。しかしまだ、「レジスタプレーメーカー」が定番化することはなく、起点は依然として前にあり、センターハーフインコントリスタが多く起用され続けます。そんな中、明確にレジスタを攻撃の起点として最初に戦術に組み込んだのが誰あろう、サッキ時代にレジスタとして振る舞っていたカルロ・アンチェロッティ。01−02シーズン途中にミランの監督に就任したアンチェロッティは、前任のファティ・テリム時代からトップ下として君臨していたマルエル・ルイ・コスタを継続起用しますが、その年インテルから加入しながら燻っていたアンドレア・ピルロは、自身の窮状を打破すべく、アンチェロッティに中盤の底でプレーさせてほしいと直訴。片や、武者修行中のブレシア時代に中盤の底でプレーしていたピルロを見ていたアンチェロッティもこれを承諾。そして、当時では珍しかった自陣でのプレーメイクを任せると、瞬く間にピルロの才能は開花し、今日に至ってもなお「レジスタと言えばピルロ」と呼ばれるほどの選手となりました。また、中盤逆三角形の底にレジスタを置き、自陣でのポゼッションやパス出しを担わせる形が1つの戦術にまで昇華し、そう間もたたないうちに「ビルドアップ」なる言葉も流行りはじめました。
 そんなアンチェロッティが、08年頃にレジスタについて語っているインタビューをネットから拾ったので、少し引用します。

 最初に語るべきは、やはり典型的なCH、レジスタからになるだろう。このプレーヤーを中心にして、GKを除く9人がピッチを走るからだ。レジスタの利き足を起点にすべての(攻撃の)アクションがスタートする。例えば20年前、レジスタには、まず“遅いこと”が求められた。細かいパス交換もロングパスも、常に十分な時間が与えられる中で行えたからだ。そのロングパスは基本的にサイド(両ウィング)を走らせる狙いで放たれた。むろん、その考えられたプレーは多くの美しい展開、ゴールを生み、私たちを魅了した。
 しかし、「その頭脳さえ止めれば、チームは消える」とサッキはいい、現実に止める手段として高い位置から始めるプレスを考案した。その結果、CHたちは特性を変え、そしてサッカーの解釈そのものが劇的に変わった。そして、唯一の例外、アンドレア・ピルロを除いて多くのレジスタたちは、プレスに対処するためにプレー速度を上げ、活動範囲を広げ、ボールコントロールを向上させた。そして、レジスタたちはほとんどの場合、自らの隣にインコントリスタを置いてプレーするようになった。レジスタを生かすためにインコントリスタのポジションは存在すると言ってもいいだろう。特に、中盤でボールを奪われた際、背後をカバーし、多くの場合、戦略的なファウルを用いて敵の攻撃の芽を摘むのだ。彼らはタフな心肺機能、自己犠牲の精神、接触を恐れない闘志も必要だ。

(中略)
 以前よりパワーと精度が求められる中で、メディアーノ(ここで言うメディアーノとは、アンチェロッティ曰く「強靭な肉体とテクニック、優れた頭脳、シンプルにボールをさばく感性。これらすべて併せ持つプレーヤー」のこと)の需要が高まるのは必然と言える。もはやすべての国で、ゲームを司るのは最も完成されたMFの役割だ。つまり、メディアーノが担う。勿論、その中に攻撃的か守備的かの区分けはある。これが現代サッカーにみる最も重要な特性ということだ。今後しばらくは、この傾向が続くと私は見ている。

 ここで私が強調したいのが、「レジスタたちはほとんどの場合、自らの隣にインコントリスタを置いてプレーするようになった。レジスタを生かすためにインコントリスタのポジションは存在すると言ってもいいだろうという部分。時代は進み、アンチェロッティが語るメディアーノがさらに存在感を増す中で、そういったタイプがいれば問題ないわけですが、さすがにそんな選手は稀な存在。となれば、使い古された考え方かもしれませんが、お互いの役割を明確にし、異なるタイプの選手を組み合わせて補完しあうことが必要になってきます。そう考えた時、今の日本のように攻撃的も守備的もひっくるめて、あいまいな概念のままセンターハーフを「ボランチ」と一括りに呼ぶことは、実は正確な事実を歪めてしまうのではないか?と思っていて、言葉を作るかどうかはまた別問題として、センターハーフの「タイプ分け」を正確に、明確にしなければ、そのチームがどの方向を目指しているのかを探ることができないと考えています。


 さあ、ここでようやく話を東京に戻します(苦笑)。これまでのことを踏まえて、今の東京でセンターハーフインサイドハーフ)としてプレーできる選手をイタリア風にタイプ分けしてみますと、

レジスタ…梶山、野澤
インコントリスタ…米本、高橋、橋本
クルソーレ…羽生、幸野
インクルソーレ…三田、東

(注:クルソーレは「ピッチ全体をカバーするダイナミズムがあり、攻撃ではオフ・ザ・ボールの動き、守備ではプレッシングを武器とする」タイプ。インクルソーレクルソーレより攻撃的で、フィニッシュの部分により絡むことを求められるタイプ。)

 となるかと思います(幸野がどこにはまるかは難しいところだが)。こうやって見ると、例えば米本・高橋のコンビと、梶山・米本or高橋のコンビを一括りに「ダブルボランチ」と呼ぶのはあまりにも乱暴だと言えるでしょうし、米本・高橋のコンビがあまり上手くいかないことも、なんとなくお分かりいただけるのではないでしょうか。
 ここからは、マッシモが今後も4−4−2をメインシステムとすると仮定(妄想)して話を進めます。アンチェロッティに倣えばセンターハーフのコンビはレジスタインテルディトーレ、すなわち「梶山or野澤」と「米本or高橋or橋本」の組み合わせにすることが理に適うこととなります。合わせて、前線の選手のタイプなども考慮すると、以下のような組み合わせが面白いのではないかと考えます(怪我人が全員戻ってきたと仮定)。



 さてこうなりますと、まずは「レジスタには梶山と野澤、どちらがいいのか?」というお話になります。二人ともある程度似通ったタイプではありますが、その中で違いを探した時、私が一番に思い浮かぶのが「ボールの受け方」。最終ラインでボールを回している時、梶山はどちらかというとあまりポジションを動かさず、相手がいようがいまいが「俺に出してくれよ」というタイプ。そこで相手が額面通りプレスに来ればワンタッチですぐに横や後ろにはたくことでリズムを作り、相手が寄せきれなくて少しの自由を得れば、見ている側の想像を超えるフリックや縦パスを出すといった感じで、これはまさにピルロのようなイメージが湧きます。一方で野澤は、常に顔を上げ、首を振って周りの状況を頭に入れながら、ボールホルダーに対して積極的に顔を出してあげるタイプ。また、ファーストタッチで前を向こうとする意識やトライ数も、私は「野澤>梶山」だと見ていて、武藤が抜けて「縦一発」の威力減が確実となるならば、一発の魅力がある梶山より、機動力があり、スッと前を向けて、丁寧さも併せ持つ野澤が一気に台頭してもおかしくない、と考えるのも無理筋ではないはずです。
 また、野澤が起用された場合、野澤はポジションを離れ広範囲に動くことが予想されますが、そこはインコントリスタがフォローしてあげることで、万が一のボールロストなどに備えることもできます。そして、柏戦、湘南戦と見ていると、高橋がこの役割にドンピシャ嵌って、今季ここまでの(自身の)閉塞感を一気に打破できる光景すら浮かんでくるんです。守備でも攻撃も、もともと「ポジション離れ癖」がある高橋ですが、野澤と組んだこの2試合を見ると、守備では思った以上に「カバーする」意識が高く、湘南戦は前半だけで5、6回のボール奪取があったはず。また、攻撃でも野澤が最終ラインから引き出す動きを担ってくれることで、まず「ボールを引き出すも、横パスしか出ない」とか「ターンするところの拙さを狙われて…」というシーンが減り、明らかに前向きでボールを受けられる回数が増えたことにより、積極的に縦パスを狙おうとする意識も高まっている印象を受けました。このように、高橋が役割を限定されて意識がシャープになったことでいい時のプレーを思い出てくれるのであれば、梶山を差し置いてでも――米本の残念な怪我をも光明として――しばらくはこの2人で補完しあいながら、中盤を引き締める形を続けることが私は効率的なのかなと考えます。
 ここでセンターハーフの形が決まれば、次はサイドハーフ。マッシモが今後4−4−2を用いていくとして、何か攻撃的なアイデア(意識)をチームに植えつけられるものがあるか?と考えた時、私は「相手陣、特にサイドで何ができるか?という部分だと思っていて、そこで鍵になるのは間違いなく東、三田の2人(羽生が戻れば3人)。正直に、まだ私の眼力ではマッシモが4−4−2のサイドハーフに求める役割や、マッシモ自身のこだわりを読み解けていないので、この部分について話を膨らませることはできないのですが、インサイドハーフとして完全にフィットしたとは言い難い東、三田の2人が、再びサイドハーフ(インクルソーレ)として起用されて一気にハネてはくれまいか?という淡い期待は抱いていまして。少なくとも羽生の怪我が癒えるまでは、武藤がいようといまいと、サイドハーフにはこの2人を併用していくはずなので(湘南戦は例外)、ここはまた、自分なりに読み解けたならば何か書くことがあるかもしれません。


 そしてもう1つ、野澤の台頭により改善が図られる(改善してほしい、といった方が正解か)と期待したいのが、「プレーメーカーの正常化」。武藤への依存度が日増しに高まる中、「戦術・大田」とも呼ばれるほど太田からのクロスが重要視されたり、湘南戦のようにCBからのロングボール一発で局面を打開したりと、今の東京はボールを司る位置が中盤よりさらに下の最終ラインの選手へと移っている印象があります。それを象徴するのが、今日発売のエルゴラッソに掲載されていた、湘南戦後の野澤のコメントなのかなと。

もう少しパスを受けたかったけど、フリーの場面でもなかなか自分にボールが出てこないこともあった。そこはもっとプレーして周囲からの信頼感を上げていかないといけない。自分の受けたい場面で受けられるようになれば、そこからスムーズな展開がしていけると思う。

 もう、まさにこの通りで、先ほど書いたとおり野澤がこまめに顔を出していて、今はさすがに預けていいのでは?という場面でも、森重や丸山は頑なにSBへの横パスや1つ飛ばしのパスばかりを狙っていました。くどいようですが、武藤がいればこれでもいいんです。しかし、武藤がいなくなった時にこれをやっていては、絶対に手詰まりになります。逆に、野澤が台頭し、自身の言うとおり信頼感を得ることができたとしたら、プレーメーカーは野澤が担うことになり、最終ラインからの縦一発という確率の低い攻撃は優先順位を下げ、ポゼッションサッカーとまでは言いませんが、ボール回しの偏りはある程度自然に解消されるのではないかと見ています。
 また、起点が1つ前になることで最終ラインでのボールロスト=即ピンチという場面は減り、前線へのパスの距離が短くなることで精度が増し、起点が1つ増えることで手詰まりになった後の逃げ道ができる。さらに、受ける側も「まず武藤が…」という意識が消え、「もっと自分が適切なポジションを取るんだ!」という意識に振れてくれればより後ろの選手との連携も高まってくるはず。現に柏戦では、今季の東京では珍しく太田が絡まない中での崩し(森重の縦パス→林のポスト→東のスルーパス→武藤抜け出し→混戦から三田)が生まれましたが、この一連の崩しにおける武藤の動き方であれば、他のセコンダプンタタイプでも同様の動きはできるはずで、こういった形が増えてくれば、相手に対して「あれ、東京ってこんな形を持ってたっけ?」と慌てさせることができるのではないかと思います。
 そのためには、森重がちょっと意識を引き戻す――自分で何でもやろうとしすぎて、パスの選択肢を自ら減らしている、あるいは簡単に捌くことの有効性を忘れてしまっている嫌いがある――ことが大事になってきます。確かに時代は変わり、攻撃のスイッチを入れられるCBは増えてきました。森重もそういったタイプのCBで、彼のパスセンスや精度の高さはJでもトップレベルです。しかし、武藤が去って縦一本が減る、そのことで、横へのベクトルも必要になってくる中、森重が変な意味で「中盤を無視してしまう」ことに走りすぎるのは、マイナスに働く可能性が高くなります。また、森重からすれば、もしかしたら「信頼に足る中盤がいないから、俺がやってるんだ」という意識がどこかにあるのかもしれません。それを1ミリも肯定できない…と言えないのが少し寂しい部分ではありますが、野澤がプレー機会を増やし、森重としてもキャプテンとして野澤を信頼した結果が、アンチェロッティが言うところの「レジスタの利き足を起点にすべての(攻撃の)アクションがスタートする」形に出るのであれば、チームにとって大きなプラスになるはず。ここは森重に、「大人の対応」をぜひとも見せてもらいたいものです。


 以上、大変に長く長く、妄想をかっ飛ばしました。読んでいて「で、結論は?」と思われた方の方が多いと思いますので、改めて「武藤なき後」の個人的理想形を端的に書きますと、

1:4−4−2をメインシステムとする。
2:中盤にこのまま野澤を起用し続ける。少なくとも、センターハーフは「レジスタ」と「インテルディトーレ」の併用とする。
3:最終ライン(特に森重)の意識付けを「縦」から「横」に変化させる。

 の3点になります。実は今回、このエントリを書く事の発端はある人からの「そそのかし」だったんですが、個人的な話で言えば、名古屋戦後にこんなツイートもしていて。

 武藤移籍が発表され、想定外の事態も起こった中で、そろそろ「武藤なき後」を考えるのもいいかなぁ?と思ってそそのかしに乗った次第です。実際、マッシモがどのように手を打つかは、繰り返しになりますが分かりません。4−3−1−2にこだわるかもしれないし、上手く外国人選手を獲得してカウンタースタイルにこだわるかもしれないし、4−4−2でも別の考え方を用いるかもしれないし。いずれにしても、選んだ手で勝つことが重要で、選んだ手が勝ちにつながるのであれば、それがどんな形であるかは些末な問題。だとするならば、皆さんなりに「武藤なき後」を想像してみて、それが実際のマッシモの手とどれだけマッチングするか?なんていうクイズめいたことをしてみるのも、またサッカーの楽しみ方の1つではないでしょうか。正解が1つ、ではないですからね。