続々々・メガネのつぶやき

思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

アッレグリ先生から学ぶ、マッシモトーキョーへの「処方箋」

 お久しぶりでございます。拙いサッカー観を見直すべく、しばらーくブログをプライベートモードにして研鑽おりましたが(意訳:ただ忙しさに負けただけ)、ここらで再開したいと思います。と言っても、更新頻度はスズメの涙程度だけどね!
 2015年Jリーグ。もともと「瞬間最大風速」時の強さはなかなかのものがあった東京が、2ステージ制となってどういう立ち位置を取るのか、取れるのか?に注目しながらここまで見てきましたが、現状だけ言えば「今まで通り」。昨季は、序盤ちょっと苦しむ→中盤14戦無敗!→終盤グズグズで中位…でしたが、今季は開幕して3ヶ月の短いスパンの中で、10戦して1敗!→グズグズの3連敗…という状態。もちろん、1stステージの優勝はほぼなくなったものの、まだ何かを諦めなければならないわけではありません。しかし、いつか来るであろう停滞期がここまで早く訪れてしまったことには、多少の驚きとともに不安を感じているところです。
さて、開幕戦のG大阪戦後に、CHONOさんが試合内容を踏まえながら今季の展望を書いていました。まあ、これがなかなかに当っていまして(良いことも悪いことも含めて)。これはもうさすがだなぁとしか言いようがないわけですが、特に気になっていたのがこちらの部分。

 河野の存在が「10番」に蓋をする、という意味で言うと、河野システムはざっくり「3枚で攻めてもらう」形であると言える。厳密には太田を入れた4枚になるが。ただそうなると、攻撃を創る4枚=アタッカー3枚+太田となれば、距離感が不揃いになる関係で少なくとも起点とラストパスは太田に偏らざるを得なくなる。その幅の狭さはどこかで必ず壁にぶち当たるし、その匂いが既に「戦術:太田宏介」という言葉に現れ、どことなく昨年終盤⇒オフシーズン中から周囲も感じていたところかもしれない。
 対して、ワイド3トップの4-3-3もしくは4-4-2は、ざっくり「4枚で攻めてもらう」形となる。3アタッカー+「10番」なのか、もしくは2FW+2SMFなのか。どちらにしても距離感が配置上より近くなることから、起点もラストパスも終点も選択肢は広がる。4-3-3を実現するのにはウイング系アタッカーが武藤・石川・平岡の3枚しかいないから、現実的にはMFを使いやすい4-4-2を選ぶだろう。ニュートラルな4-3-1-2と、攻撃偏重の4-2-2の使い分けが今季になるのではと予想。守備偏重でも…やっぱりサイドを埋める4-4-2か。じゃあもう毎回4-4-2でいいんじゃないの?ww なんだよせっかくアッレグリ先生に3センター論を教えてもらったのに…

 引用中の「10番」という言葉についてはここでの説明を割愛しますが、ざっくり言うと「インサイドハーフ2人のうち、攻撃面を重めに担う方」という理解でいれば大丈夫かと(本当は、このアバウトさが良くないんですけど)。で、開幕して3ヶ月。正直、4−3−1−2は上手くいっていない印象があります。直近の名古屋戦で見せた4−4−2が思いのほかスムーズだっただけに、その思いはより強くなりつつあります。一方で、4−3−1−2がビッタリハマっていたころの昨季に見せられた「機能美」を忘れられない自分もいて、なかなかにモヤモヤしている今日この頃です。
 上でリンクしたCHONOさんのブログにアッレグリの名がでていました。御存知の方も多いと思いますが、当時セリエC(現在セリエA)のサッスオーロをセリエB昇格に導き、カリアリでは年間最優秀監督賞を受賞し、ミランではスクデットをもぎ取り、今季ユベントスでは3冠も視野に入れている、優秀な指揮官です。アッレグリはよほどのことがない限り、一貫して「3センター」にこだわってきた監督で、サッスオーロでもカリアリでも、ミランでもユベントスでも、徹底して3センターを用いてきました。しかし、当時のいろいろなインタビュー、分析記事・ブログを検索して読み返してみると、一口に「3センター」と言っても、どんなタイプの3人を起用するかは、そのチームにいる他の選手の特長、特に前線の選手の特長によって使い分けてきた、と見ることができました。そんなアッレグリ先生の手法から、何か今の東京に参考になる部分はないか?というのが、今日のエントリのテーマです。まあなんと言いましょうか、マッシモが取り得る現実的な解決策というよりは、妄想の方に走ってしまうかなぁと思いますが、興味のある方はお付き合いください。


 サッスオーロカリアリ時代はほぼ記憶にないので割愛して、ミラン初年度となった10−11シーズン。開幕当初は某オーナーの「御達し」もあって4−3−3を用いていましたが、シーズン途中から4−3−1−2を「強行」します。その時、中盤の底にはアンブロジーニを起用していました。かつ、インサイドハーフにはフラミニガットゥーゾというコンビ。およそ、パスによる局面打開が見込める顔ぶれとは言えず、これで大丈夫なの?と思ってしまいがちですが、この時はこれが正解でした。なぜなら、前線にイブラヒモヴィッチロビーニョ、トップ下にセードルフという強烈な個を持っていたから。4バック+守備的な中盤3枚――イタリアで言う「インテルディトーレ(=阻止する人、ここではアンブロジーニ)と「インコントリスタ(=ぶつかる人、ここではフラミニガットゥーゾともにこちら)――できっちりと守る。そして攻撃は前の3人で、しかも「プリモプンタ(=第1FW、センターフォワードイブラヒモヴィッチ」「セコンダプンタ(=第2FW、セカンドトップロビーニョ」「トレクァルティスタ(=3/4の人、平たく言えばトップ下)セードルフ」ときっちりとキャラクター分けされた3人で何とかしてください!と割り切る。これで得点が取れ、失点を防げ、勝てていたわけです。だから、問題なかったわけです。
 この顔触れは、昨季序盤の東京に似ていると言えるでしょう。前線には「プリモプンタ=平山orエドゥー」「セコンダプンタ=武藤」「トレクァルティスタ=河野」の3人がいて、中盤3枚は「インテルディトーレ=高橋」「インコントリスタ=米本、三田」と並べ、きっちりとした守備からカウンターでゴールを狙う、という塩梅。しかし、戦術分析の鋭いイタリアにあって、この「前後分断型」はあっという間に研究されました。特に、カウンターを封じられた時や、激しい激しいマーキングでイブラヒモヴィッチを潰された時に、ほぼ攻め手がなくなってしまいました。ただ、黙って手をこまねいていないのがアッレグリの真骨頂。すぐさま、中盤・前線の顔ぶれに少しの変化を加えて、打開を図りました。
 まず、中盤の底…ではなく、インサイドハーフに「レジスタピルロ」を置いた点が1つ。レジスタと言えば中盤の底、と私なんかは固定概念のように思ってしまいますが、当時アッレグリは、中盤の底にインテルディトーレ(=アンブロジーニ、冬以降はファン・ボメル)、右インサイドハーフインコントリスタ(=ガットゥーゾフラミニ)をそのまま置きつつ、左インサイドハーフレジスタ(=ピルロ)を配置して中盤の攻撃、特にパスにおけるバリエーションの増加を図りました。中盤の底にレジスタを置かなかった理由はいくつかあるんでしょうけど、おそらく主眼は「中盤の守備力を確保しつつ、攻撃面での変化を期待する」ところにあったのかなと。合わせて、トップ下にトレクァルティスタではなく、「インクルソーレ(=襲撃者)」タイプであるボアテンクを起用します。どちらかといえばドリブルやパスといったオン・ザ・ボールでのタスクをこなせるタイプがトレクァルティスタだとすれば、インクルソーレは(攻守両面における)前線での活動量、スペースへの飛び出しによるフィニッシュへの貢献といったオフ・ザ・ボールの動きでアクセントとなりながら、高い得点能力も求められるタイプ。このマイナーチェンジで、トップ下からの「創出」は減ったかもしれませんが、トップ下が「演出」に絡むことで前後分断を解消するとともに、よりスピーディーな攻撃をする方向にシフトして、再度勢いが生まれたという記事をいくつか見かけました。付随して、ピルロがタメを作ってくれることによりサイドバック、特に同サイドのザンブロッタがより攻撃面で目立てるようになったのは、今でもそこそこ記憶に残っています。
 とここで、このマイナーチェンジした後の形を、今の東京に活用できないか?というのが1つ目の妄想。今季ここまで、中盤3枚は「底に梶山+米本+羽生or三田」、前線3枚は「トップ下河野+武藤+誰か(前田、石川、林、東)」という形が多く見られますが、武藤の相方がここまでタイプの違う選手でコロコロ日替わりになるのは、やはり好ましいこととは言えません。しかも、実は武藤自身がプリモプンタ、セコンダプンタのどちらにも属していない特殊なタイプの選手だと最近思い始めていて、果たしてFW起用が正解なのかも分からなくなっているところ。であれば、守備面でも貢献できて、ダイナミズムに溢れている武藤を思い切ってインクルソーレとしてトップ下に起用し、プリモプンタに前田、平山、林、セコンダプンタに中島、河野、東、石川から起用する。中盤3枚は底に高橋or橋本(インテルディトーレ)、右インサイドハーフに米本(インコントリスタ)、左インサイドハーフに梶山or野澤(レジスタ)を配置する。これにより、

1:FW2人のプレービジョンをはっきりとさせる。
2:武藤を、今負わせている「最前線での空中戦」や「ポストプレー」から解放させてより前向きにプレーさせると同時に、守備面で主に左サイド(レジスタ側)のヘルプに入らせ、レジスタの守備負担軽減を図る
3:今の東京のメインアタックである太田の攻撃力を、多彩なパスが出せる梶山(野沢)を左に寄せることでより明確に押し出す。

 という3点が、机上の空論では成り立つと思うんです。特に、セコンダプンタ中島とか、自分で妄想していながら言うのもなんですが、だいぶ見てみたいなぁと。


 時を経て、日々好選手を財政上の理由で抜かれていく中で、それでもアッレグリミランを上位に残す手腕を見せていましたが、ついに13−14シーズンに力尽き、途中解任の憂き目に逢います。が、今シーズン、まさかのコンテ辞任の後釜として、急転直下ユベントスの監督に就任しました。ただ、多くのユーベファンは、彼を歓迎しませんでした。理由はコンテへの強い愛情と、ミラン時代に我がチームを敵視していたアッレグリへのアンチテーゼ。一部のウルトラスが車を取り囲んだ、なんてニュースも耳にしました。しかも、コンテ時代のユベントスは、アッレグリが志向するサッカーとはまったく異なるスタイル。さあ、アッレグリはどう舵を取っていくのだろうか?と私も気になって遠くから追いかけていましたが、実に丁寧に、じっくりと一つずつ、自分の色を注入していきました。その様は、あまりにもお見事でした。詳細はここでは蛇足になるので書きませんが、コンテ式3バックを引き継ぎ、しかしイケイケガンガンからバランス型へ調整を図って勝ち星を重ね、周りの信頼を勝ち得てから自身の代名詞である4−3−1−2へスイッチしたそのタイミング(確か、11月末のトリノダービーでお披露目して、12月のスーペル・コッパから本格稼働)があまりにも見事で、感嘆した記憶があります。
 で、ベストメンバーが揃うという前提での、ユベントスでの4−3−1−2は以下のとおり。

 ミラン時代に戦術面で袂を分かったピルロをどう扱うのか大変に注目していましたが、結論としては中盤の底で起用。インサイドハーフにポグバとマルキージオ、2トップにテベスとモラタ(当初はジョレンテ)、トップ下にビダルを配置しました。ここでの注目が、「トップ下」ビダル。コンテ時代はインサイドハーフのポジションで使われ、タイプとしては「クルソーレ(=飛脚・使者)」に分類される選手というイメージがありました。とにかく運動量が豊富で、守備でも攻撃でも、どんな場面にも顔を出せて、それぞれの場面で決定的な仕事が出来る。東京で言えば、羽生の上位互換と言ったら伝わりやすいでしょうか?しかし、今のユーべには「ウニベルサーレ(=万能の)」と呼んでも過言ではないポグバがいて、インコントリスタインテルディトーレのハイブリットとも言えるマルキージオがいて、ピルロがいまだ衰えずプレーして。そこにクルソーレであるビダルをトップ下として組み込む形を初めて見たとき、「いやー、思いつきそうで思いつかない一手だな」と感じました。
 とは言え、ミラン時代も前述したとおり、インクルソーレタイプのボアテンクをトップ下に起用していました。が、決定的に違うのが、守備時の約束事。当時のボアテンクはインコントリスタの2人と連携しながら、とにかくがむしゃらにボールホルダーを追いかけていたかと思います。ビダルも、そのようなチェイシングを行わないわけではありませんが、ユーベの守備原則は「コンパクトネスなスライド」であり、中盤3枚のスライドを助けるために、ある時はピルロの横まで下がってさながらボランチのようなポジションを取ったり、またある時はスライドして中に入ったインサイドハーフの外側をカバーし、スペースを消してサイドチェンジに防いだり、被カウンター時には誰よりも全速力で自陣に戻ったり、一見するとアナーキーなんだけど、実はしっかりと状況を把握できている神出鬼没さで、チームを大いに助けました。そんなビダルに対して、イタリアの一部メディアは「トゥットカンピスタ(=無理やり英語で言うとオールフィールダー)」という新たな呼び名をつけたようで。まさに、言い得て妙だなと思います。
 とここで、再度東京に話を移します。今の4−3−1−2がうまくいっていないと感じる要因の一つが、鹿島戦でのやられ方。「中盤3枚で横幅約68mすべてをケアするのは限りなく難しい」と言うのが一般的な見方で、鹿島戦はまさにその部分で後手を踏んだことが敗因でした。もちろん、一番簡単な解決策は4−4−2にしてしまうことですが、そこを4−3−1−2のままで対峙するにあたり、アッレグリ先生が今シーズンの終盤に見せたこの戦い方は、大いに参考になると思います。が、問題はトゥットカンピスタが今の東京にいるかどうか。先ほどクルソーレとしてのビダルを「羽生の上位互換」と表現しましたが、羽生にトゥットカンピスタを任せるのはさすがに酷。米本や高橋は違うし、河野や東もうーん…というところで試してみたいのが三田。ユースや大学時代にボランチの経験があり、上下動できる運動量もあり、ある種のアナーキーさも秘めている。攻撃面では一発の魅力があり、守備面ではスッと外されてしまう悪癖こそあれ、グッとボールサイドに入っていく動きは十分にこなせる。その上で、2トップはうまくローテーションしながら起用し、中盤3枚も長いボールが必要かどうかで組み合わせを変える――例えば、長いボールと中盤の守備を考えるなら、底に野澤、インサイドハーフに米本と高橋or橋本を。例えば、細かいパスを用いたいなら、底に梶山、インサイドハーフに羽生と東を――フレキシブルさがあってもいいかもしれません。


 続いて、4−4−2は…と行きたいところですが、久々のエントリがあまりに長すぎてもめんどくさいので(苦笑)、今日はこの辺で。まあ、なかなかに非現実的な妄想を書きなぐりすぎたので、最後にちょっと現実的なお話を。
 今はとにかく、「欲張る」時期ではないのかなと。いきなり明日から攻撃のバリエーションが倍になるはずもなく、各人の精度が飛躍的に伸びるわけでもなく。ならば、出来ることをとにかく愚直に、真摯に、丁寧にやり続けるしかありません。守備も、少し意識が統一されていないというか、良かった頃の「低い位置でコンパクトに」という意識が薄れてきているようにも感じます。


「どうせ、守ってカウンターかセットプレーしかないんでしょ?」


 えぇ、そうですとも。ならば、それを徹底的に突き詰めて、「カウンターとセットプレーしかないけど、何か?」って言わせるのが、マッシモトーキョーの進む道なんじゃないですか?カッコいいプレーとか、甘い響きとか、そんなものにほだされたことで今まで中位だったのであれば、底と決別して、やれることをやれる限りやって勝ち抜いていこうと言うのが、今トーキョーが目指す場所なんじゃないですか?皆さんはどうお思いか分かりませんが、私はマッシモ・フィッカデンティが監督である限り、そうだと思って見続けていきたいと思っています。