続々々・メガネのつぶやき

主にFC東京、サッカー、当たらない競馬予想の3本立て。思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

第10節 採点

 岡部主審が終了の笛を吹いた直後、味の素スタジアムに駆け付けた東京ファンの多くはチャントを歌い続け、続けて大きな拍手を送りました。そして、場内を一周する選手に向けてユルネバの合唱が送られました。これまでも何度か、試合後挨拶をする選手に向けてユルネバが歌われたことはありました。しかし、その多くはこの試合は勝ちたかったけど…次だ、次!だとか、今は本当に苦しい時期だけど、顔を上げて共に戦っていこう!といった「エピローグ」的な意味合いだったと思います。それだけに、このタイミングでユルネバが歌われるとは思っていませんでしたし、今回のように選手が歌い終わるまで一列に並んで聞いてくれたことは無かったように記憶しています。
 このユルネバを、あるいはハーフタイムに入ってもしばらくチャントを歌い続けたことに、ゴール裏中心の方がどんな意味を込めていたのかは分かりませんし、どんな意味を込めたと想像するかは一人ひとりがそれぞれの感覚で受け取ればいいと思います。中には前半大きく劣勢に立たされたことに対して大きな不満を抱いたり、あの勢いならば逆転して欲しかった、あるいは現在の東京と磐田との順位の差や置かれた立場を鑑みれば勝ち点3が欲しかった、という考えを持った方もいらっしゃるでしょう。そう感じて、拍手やユルネバを送らなかった方もいらっしゃるでしょう。それもまた、複数の正解があるサッカーというスポーツを愛するその方の主観による行動ですから、私は一切否定はしません。しかし、これまでリーグ戦では多くの時間サブに甘んじてきた、そして、起用されてもリーグ戦では今一つ結果を出せていなかった石川、李、平山が、それぞれの持ち味を十二分に発揮して局面を変え、それぞれ得点にも絡めたことは、今後の戦い方に大きなプラスアルファをもたらすことには同意していただけるのかなと。それこそ、彼らがベンチにいることで「こういう試合の動かし方があるんだよ」という内外へのアピールになりましたし、逆に彼らのうち複数人をスタートから使い、前半立ち上がりからフルスロットルでサイドアタックやクロス、そこからのシュートなどでガツンと相手のハナを叩く戦い方も可能にしたわけですから。
 また、平山が「サポーターも逆転を信じていたし、それが2対2の引き分けにつながった。(ユルネバで出迎えたところまでの)貴重な時間は自分たちの力になりました」と語れば、太田は「勝たなければいけなかったゲームだったが、最後10〜15分はスタンドの後押しが大きかった。そういう雰囲気を作ってくれたファン・サポーターの皆さんには感謝したい」と語ってくれたとおり、同点、逆転を信じて最後まで声援を止めなかったファンのボルテージは、普段バックスタンドから見ていてこの日はたまたまゴール裏から見ていたこともあったかもしれませんが、今季一番だったと思います。その声援を引き出したのは諦めずに戦った選手たちの姿勢や前向きさでしたし、その姿勢や前向きさを生み出したのはファンの力強い声援でした。言い換えれば、お互いが混じりっ気なしの気持ちをぶつけ合ったことで、特に2−1となって以降のスタジアムの雰囲気は今思い返しても興奮するレベルだったと思いますし、同時に磐田にプレッシャーを与えられていたのかな?とも思います。さらに、普段はあまりスタジアムに足を運ばない、あるいはこの日が初めてというファンにとっても、ひょんなことから流れがガラッと変わること、球際の激しさやそこで勝つことの重要性、(それが両チームの本意ではなかったとしても)ある面でサッカーの醍醐味である「間延び」や「終盤のアタック合戦」により、最後まで息つく暇がない、手に汗握る、思わず声が出てしまう、そういった体験ができたのではないでしょうか。この感覚は普段生活している「日常」の中では味わうことができない「非日常」なものですが、この日味の素スタジアムに久々、あるいは初めて来た方で、きっとまたこの感覚を味わいたくてスタジアムに−それが味の素スタジアムでなかったとしても良いと思う−来てくれる人は多いんじゃないか?そうも感じています。
 勝ち点3を奪えていれば、それはそれは何も言うことはなかったでしょう。けれど、間違いなくこの勝ち点1には大きな意味はありました。この日選手に送った、選手が受け取ったユルネバは次のステージの「プロローグ」だと受け止めていますし、年末、FC東京に関わる全ての人が笑顔でいられるとしたならば、この試合がその「ターニングポイント」の一つになったと言える試合だったと、今この段階では感じています。J2時代のアウェー草津戦みたいなね。さて、前置きが長くなってしまいましたが、本分である採点は以下のとおりです(笑