続々々・メガネのつぶやき

思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

「絶滅危惧種」がもたらした希望

 1つ前のエントリで7/21 プリンスリーグ第9節、浦和ユース対FC東京U−18について、採点方式で少し書かせてもらいました。本来はきちんとしたエントリを書こうと思っていながら、端的に表現できる採点に逃げてしまったわけですが、やはり何か形にしたいなと思って一昨日、ダラダラツイッターでつぶやいてしまいました。一通りつぶやいた後、ものの数分後にトゥギャッターで形に為してくださった方がおりまして、そちらを目にしていただいた方もいるかと思います。以下は、それらのつぶやき群を推敲、補足しまして、コラム風にした形のものとなります。あくまで自分用に再まとめ、なので流す程度に読んでいただければ。あ、初めてお読みになる方は是非とも。


 アルゼンチンに「エンガンチェ」という表現がある。日本語に言い換えれば「トップ下」となるこの造語だが、ファン・ロマン・リケルメ、ファン・セバスティアン・ベロン、アリエル・オルテガハビエル・サビオラパブロ・アイマールらがその類まれな攻撃センスと圧倒的な存在感で「エンガンチェ」として君臨し、チームへ多大な貢献と、ファンに多くの歓喜と興奮をもたらしてきた。かたや、イタリアに「ファンタジスタ」という表現がある。特に攻撃的センスに秀で、そのアイデアと閃きで観客やマスコミを虜にした選手に対して贈られる特別な賛辞であり、最初にマスコミからこの賛辞を贈られたとされるのは、ロベルト・バッジョだと言われている。バッジョのプレーを今更私がどうこういう必要はないだろう。全ての攻撃的なプレーに意図があり、色気があり、可能性がある。例え運動量がなかろうと、例え守備面での貢献度が低かろうと、彼のスペシャルな才能がそれらのマイナスをかき消すことは、容易いことだった。その他にもジャンフランコ・ゾラアレッサンドロ・デル・ピエロ、フランチェスト・トッティら、数名のスーパースターが「ファンタジスタ」として崇められた。
 しかし、「エンガンチェ」や「ファンタジスタ」が生き残れる場所は、現代サッカーにおいては存在しないとさえ言っていい。もちろん今も、その攻撃センスやアイデアで周りを魅了させられるプレーヤーはいる。しかし、そんな攻撃的な選手でさえも、今の時代は守備をこなすことを求められる。そうしなければ、チームとしての組織守備が立ち行かないからだ。また、プレーメーカーという目線で見ても、かつてはトップ下や俗に言う「10番」の選手が、FWの近くでその仕事を果たすことがほとんどだった。しかし、現在は「ボランチ」「ピボーテ」「レジスタ」などと呼ばれる、最終ラインの1つ前にポジションする選手がプレーメーカーとしてピッチに立つチームが圧倒的に増え、さらに「ビルドアップ」という名の下で、最終ラインの選手(特にCB)にも攻撃的センスが求められる時代となった。つまるところ、「守備はさほどしないけれど、FWの下にいて、攻撃でその分を補います」というタイプの選手は、様々な観点から起用しづらい存在に成り下がっていると言っても過言ではないだろう。


 去る日曜日に行われたプリンスリーグ、浦和ユース対FC東京U−18。試合開始30分前、両チームの選手がウォーミングアップのためにピッチに現れ、スタンドに詰め掛けた東京ファンはスタメンと思われる選手を確認していた。その中に、今季公式戦初スタメンとなる背番号15、佐々木渉の姿があった。U−15むさし時代から関係者に一目置かれる存在で、去年開催されたAFC U−16選手権の日本代表の一員として、準優勝&U−17ワールドカップ(今年秋にUAEで開催)への出場権獲得に大きく貢献した選手だ。私も、数度しか直接プレーする姿を見ていないが、その存在感には驚かされたし、当然のようにU−18を引っ張っていく選手になってくれる、いや、なってくれなければ困ると期待を寄せた。しかし、いつの日からか、彼の姿を小平グランドで見ることができなくなった。その理由はわからなかった。何となく耳にしたものもあったが、確かなものではないので、それをここで書くことはしない。そんな佐々木が、とある日ひょっこり帰ってきた。6月下旬には練習する姿を見ることができ、7月7日のプリンスリーグ、対大宮戦後に行われたB戦(サブメンバー同士の練習試合)で、久々にプレーする姿を目にすることができた。
 そのB戦でボランチとして起用された佐々木に、まるでそれが必然であるかのごとく、立ち上がりからボールは集まった。佐々木も全く慌てることなく周りの状況を的確に判断しながら、多彩なキック、エレガントな身のこなし、「なぜそこが見えていたんだ!?」という視野の広さ、機を見たドリブルやフリーランでのオーバーラップなどで攻撃を司った。一方で、守備面での貢献度はかなり低く、ボランチとして最低限埋めなければいけないスペース、寄せなければいけない局面ですら周りに任せてしまうシーンが何度か見られた。ボランチとして起用されていたU−15むさし時代や、右SBとして起用されていたU−16代表ではこの時以上にきっちり守備をこなしていただけに、この日見せた極端すぎるプレースタイルには、プラスもマイナスも覚えた。そのイメージを持った上でのスタメン起用。ボランチなのか、サイドなのか。どこで使うのか、スタンドは最後まで意見が分かれた。私は一応「ボランチだろうな」と自答し、整列・挨拶後にピッチに散った佐々木の姿を眺めていた。その答えは、なんとトップ下だった。結論から言えば、佐々木がこの日見せたプレースタイルは、私の目には典型的な「エンガンチェ」に見えた。圧倒的な攻撃時の存在感と、現代サッカーにおいては物足りない守備と。それによる功罪は、ピッチのあちこちに散りばめられていた。


 この日の立ち上がり、東京の守備は全くハマらなかった。トップチームにある程度倣った、しかしユースチーム独特の浦和のやり方に苦しんだ。その理由は複数あっただろうが、1つの要因として「前の圧力が足りなかった」面はあったと思う。矢島と佐々木が最終ラインのビルドアップやアンカーに位置する選手に対して圧力をかけきれなかったり、コースを限定しきれなかったりしたことで、後ろの選手が後手を踏まされるシーンがいくつも見られた。失点は時間の問題…というほど組織が壊れてはいなかったが、押され気味の流れの中で先制点を許したのは、ある意味で納得できる部分でもあった。しかし、そうやって試合が進んでいくうちに東京の守備に変化が見て取れるようになる。立ち上がりからの組織守備がハマらない場面は失点後も続いたが、それによって「晒された」個人が守備をする局面で、中盤以下の選手がファイトできるようになっていったのだ。浦和の両SBの攻撃参加により全体が横に広げられ、アンカーの動きを捕えきれず、後ろから前へ、外から中へ、中央もサイドも、という攻撃を意図的に作られた中で、東京の選手は決してクリーンではなかったものの泥臭く、粘り強くボールホルダーと向き合い、長い距離を追うことも厭わず、身体を寄せ続け、足を投げ出し続けた。
 長澤は前半から対面の左SB森を追って自陣まで30〜50m戻って守備をする場面がかなりあったが、奪った直後に踵を返して浦和陣内目指して走り始め、ボールを受けて時間を作ったり、クロスを入れたりと攻撃に寄与することもできていた。恐らく一番キツイ仕事をしていたと思うが、運動量も最後まで落ちなかった。これまでテクニシャンというイメージしかなかった高橋が、ボランチとして泥臭い仕事も、相手との接触も恐れずに戦ってくれたのは、嬉しい誤算だった。上手さは認めるけど、怖さが足りないと感じていた輪笠も、この日は攻守両面で相手の脅威となれていた。鴨池は、本来蓮川が担ってもいい守備の負担をも背負い、広範囲にチームを下支えした。トップチームの春季キャンプや練習試合に呼ばれ、現在のU−18日本代表でもある鴨池だが、正直チームにおいての貢献度には不満もあった、「もっとできるだろ!」と。しかし、この日の鴨池は代表に選ばれるにふさわしいプレーを見せてくれたし、腕章を巻くに値するだけの気持ちを見せてくれた。田宮は長澤との意思疎通がうまくいかなかった部分こそあったものの、そんな苦しい場面を1対1での粘り強さでしのぎ続け、タイミング良くオーバーラップして攻撃に貢献する頑張りをも見せられていた。大西、渡辺は、浦和の広範囲な(特にワイドの)攻撃がスムーズにいっていたため、立ち上がりから奮闘することを求められた。そのせいか、終盤かなり苦しそうな仕草も見られたが、それでも最後の最後、ギリギリのところで身体を投げ出して相手の余裕を奪うことはできていたし、大西はエアバトルでも相手を上回っていた。松嶋も、まだまだおっかなびっくりなプレーが見られたが、前後半1度ずつ素晴らしいセーブを見せ、キックの精度と判断でチームを助けた。繰り返しになるが、組織守備の面において、佐々木のトップ下起用はマイナスに働いた部分が大きかったと思う。しかし、周りの個の守備意識は間違いなく高まった。結果的にそうなった、という側面があまりに大きく、かなり逆説的な見方で、決して健全ではない形であることは認める。それでも、この「個人で奪う守備」という要素こそが今季のチームに足りなかったものの1つだったし、理由はどうあれ、佐々木の起用はこの要素にプラスをもたらしてくれた。まあ、なんとも不思議な感じではあったが、私はこの状況に一人ほくそ笑んでいた。


 一方、攻撃面での佐々木の貢献度はもの凄かった。コンパクトなブロックディフェンスを敷く浦和守備陣の、決して広くはないスペースを見つけてはフワフワっとそこに入り込み、ボールを呼び込む動作が目立って見られたわけではないのに彼にボールが集まり、ブレないファーストタッチで次のプレーをするための時間と空間を自ら作り、前後左右に長短のパスを振り分け、時にはドリブルも見せる。スタンドから客観的に見ることができていた私たちですら「次は何をするんだ?」と思っていたぐらいだから、恐らくピッチで直接対峙した浦和の選手たちはより、「何をしでかすか分からない怖さ」を感じていたはずだ。実際、立ち上がりは割と身体を寄せて守ろうとしていたとあるDFが、「寄せて外される」のを怖がったのか徐々に寄せきれなくなり、最終的にはとりあえずファーストトラップが終わってからどうするかという「待ちの守備」となったことで、より佐々木に自由を与えてしまったという流れがあったほど。とにかく、誰がどう見ても佐々木が「攻撃の中心」だった。
 そんな佐々木の攻撃性と、怪我の功名とも言える個人の守備意識向上がもたらした組織守備の改善が、30分を過ぎたあたりからバチンと噛み合い始めた。矢島、佐々木の前線からの追いがハマるシーンがちらほら出始め、後ろの選手も前の2人の追いのリズムに適応して連動して動けるようになっていき、個で奪えるこの日の良さが加わって、「奪ってショートカウンター」の形が見られるようになった。まさにその形で−中盤でボールを奪い、切り替えの早さで一歩先に走り始めた田宮にボールが渡り、シュートまで持ち込めた−チャンスを掴んだ35分の場面は惜しくもポストに弾かれたが、今季ここまで「意図的なカウンター」を繰り出せた試合は、私が見た限りでは正直記憶にない。そんないい流れの中、前半のうちに生まれた同点弾。中盤で奪ったボールを丁寧に佐々木まで繋ぎ、佐々木が前を向いた瞬間、矢島と蓮川が即座に反応してフリーランを開始。佐々木には2つパスコースがあったが、DFを引き寄せる意味も含んだ矢島のダイアゴナルランを囮にして、真っ直ぐにゴールに向かっていった蓮川へのスルーパスを選択。このパスを受けた蓮川が、左足で冷静にゴール右隅に流し込んだ。後半に生まれた逆転弾も、この試合を象徴する形だった。中盤での輪笠のチェイスから流れが始まり、いくつかの展開を経てボールは蓮川の下へ。蓮川は短いドリブルを入れ、しかし相手を抜き去る前に左足でクロス。低くて速い球足の素晴らしいクロスは、真ん中に走りこんでいた矢島にドンピシャリ。矢島は右足のインサイドで丁寧に押し込んでネットを揺らした。
 蓮川のクロスは練習でも出ないぐらい素晴らしいものだったが、この「クロスを上げる」という選択には伏線があった。後半、蓮川がサイド深くに入り込んだのがこの場面で3度目だったが、1度目は某氏の「全部やってみろ!」という声に応えるかのごとく、エリア内にドリブルで侵入して、左足でニアサイドを狙ったシュートで終えた。2度目は縦に行くと見せかけて、切り返して中に持ち出してシュート(かクロスか分からないが、あさっての方に飛んでいくキック)で終えた。そして3度目。対峙した細田はこの場面で完全に「受けの守備」をしてしまったが、そうさせたのは蓮川自身の前2つのプレーだったことは間違いないだろう。本人にどこまで意図があったかはわからないが、こういった駆け引きは見ていてゾクゾクさせられた。久々に全国クラブユース選手権へ出場する望みを絶たれた鹿島戦で、蓮川は一人気を吐いた。続く柏戦では、敵将に「あの子は早い早い」と言わしめた。更に大宮戦でも、サイドで度々仕掛けを見せてアシストをマークした。そして、この試合でも左サイドは蓮川のものだった。まだまだ荒削りなところがあるが、今がまさに覚醒の時であることは疑いようがないだろう。こういった成長を目の当たりに出来るのは、育成年代を見る上での1つの醍醐味だと思う。矢島の頑張りも見事だった。この日の逆転弾は練習でお互いが要求しあった形だったようだが、点で合わせた件のゴールシーンはかなりの興奮を覚えた。腰痛は依然爆弾として抱えているようだし、この日は右足太ももにテーピングが巻かれていた。後半何度か、ベンチから「キイチ、いけるか?」という声が飛んでいて、傍目からはもう無理させない方がいいのでは?と思って見ていたが、矢島はその度に大丈夫!というリアクションをし、ついには最後まで戦い抜いた。その熱い気持ちは間違いなくチームに届いていたし、スタンドに届いていた。試合は終盤ヒヤヒヤさせられるシーンを作られたが、全員でこれをしのぎきって、久々に勝利のホイッスルを聞くことができた。


 決して全てが上手くいったわけではない。また、ここまで書いてきたことは、私の「希望的観測」が大いに含まれているとご理解いただきたい。だが、いわば前時代的な佐々木の「エンガンチェ」としての起用が、偶然・必然織り交ぜて、チームにいい意味のうねりをもたらした側面はあったと確信しているし、佐々木自身がこの旧式な「ファンタジスタ」スタイルをどこまで貫き通してくれるのか、無責任に期待したいところもある。
 もちろん、チームがこの形を続けていくかどうかは分からない。組織守備をもっと強化したいと考えれば、佐々木ではない別の選手を起用する方がリスクは少ないだろう。しかし、この試合は件の佐々木が持つ可能性、蓮川の覚醒、長澤の「江口・福森ライン」の継承、輪笠の進化、鴨池が持つべき責任感、チーム全体の守備意識の高まりなど、あまりにも見るべきところがあった。それをもたらしたこの日の形に賭けてみる手はあると思っている。まだこの先にも苦しいターンはあるだろうが、年末に向けてこのチームが何かやらかしてくれそうな期待をひっそりと抱いていたいと思うし、そうなったとしたら、この試合が間違いなくターニングポイントだったと言いたい。