続々々・メガネのつぶやき

思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

最先端を知る

 今週発売のfootballistaに掲載されていた片野道郎さんの「CALCIOうらおもて」というコラムの内容が興味をそそったので、(どこまで引用していいのか(著作権的に)ちょっと悩みながらも)紹介がてら書いてみます。文中、枠に囲まれた部分が片野さんのコラムからの引用です。悪しからず。


 テーマとして取り上げられたのが、11月16日にミラノで開かれた「ピーク・パフォーマンス」というシンポジウム。そのコーディネーター(総合司会)を務めたのが、欧州サッカーファンの方なら一度は聞いたことがあるであろう、通称「ミランラボ」と呼ばれるACミランのコンディショニングセンターの立ち上げに際して中心的な役割を果たし、22年間に渡ってACミランのチーム付き心理セラピストだったブルーノ・デミケリス氏。現在は、チェルシーに渡ったアンチェロッティ前ACミラン監督に引き連れられ、当時のスタッフ陣からは唯一ドーバー海峡を渡っています。
 ミランラボについては私も上手く説明できるほど知らないのですが、単なる「医療機関・施設」と言うよりは「研究所」という側面が強く、言い換えれば「怪我を治す」ことよりも「怪我を予防する」、あるいは「過密日程の中コンディションを保ち、いかにベストパフォーマンスを出せるか」という点について、科学的見地(心理学、栄養学、生物学、生理学、神経系)に立って様々なアプローチを施す場所で、今までのコンディショニング手法と比較して一番革新的だったのは、

選手のパフォーマンスを最大化するためには、テクニックやフィジカル能力を高めるだけでは不十分であり、それを試合という場で最大限に発揮させるメンタル的なコンディションを整えることが必要だという考え方に立ってフィジカル、メディカル、メンタルという3つの側面を統合したコンディション管理のメソッドを開発・適用した

 ところ。で、このシンポジウムでは、デミケリス氏がミランラボに導入した「マインドルーム」というメンタルトレーニングシステムのコンセプトと、そこに使われているテクノロジーが紹介されたとのことです。
 そもそも「マインドルーム」とは、

(マインドルームの)テクノロジーというのが、(中略)バイオフィードバック*1とニューロフィードバック*2である。これは、一言で言えば、被験者(選手)の生理的・心理的状態を科学的な方法で計測し、そのデータを視覚化して、被験者自身が認識できるようにするためのシステム

 で、具体的には

脳波計、心電図、筋電図、呼吸計、皮膚電気反射測定器といった機器を使って計測した、ストレスの指標となる各種データ(脳波、心拍、筋肉の緊張度、呼吸、皮膚温度、発汗など)を、グラフなどに変換

 して、そのデータを基に「ストレスコントロールでプレーの質を向上させる」ことと「呼吸と心拍数コントロールで疲労回復のスピードアップを図る」ことが主に目的(特徴)として挙げられるんだそうで。コラムでは、さらにその2点について具体例を挙げて掘り下げています。


 まずはストレスコントロール。前述した「ストレスの指標」は、見ていただければ分かるとおり自分の意思でコントロールできない身体活動です。呼吸はしようと思ってしているわけではない、汗はかきたくて書いているわけではない、といった感じで。しかし、ミランラボでは、

このシステムによってストレスを科学的に計量化できれば、それを低減させるためのトレーニングを開発することで、ストレスを「随意的」にコントロールすることが可能になる、という発想

 に基づいて考え出された様々なアプローチを施し、選手のストレス(メンタル)をコントロールしてしまうことに成功した点が素晴らしいんだそうです。トレーニング方法についてはフィリッポ・インザーギを例として取り上げていましたが(あくまでも例示であるが)、それが、

インザーギはマインドルームにてリクライニングチェアに座っていて、その座っている)正面のスクリーンには、彼が簡単なシュートチャンスをミスしてゴールを決められなかった場面の映像が流される。それを見ながらミスした場面を追体験する時、インザーギの脳や身体にはその時に感じたストレスが再現される。脳波や心電図には乱れが出て、筋肉が緊張して呼吸が速くなり、血圧も上がり発汗するといった具合だ。そして彼は、(チェアの横に置かれた)ノートパソコンのモニターを通じてその変化を視覚的に認識し自覚することができる。
(中略)
(別部屋でデータを取っている)デミケリスは、どんなインプットを入れると、インザーギの脳と身体のどこが同反応するかを把握している。そのデータを元にして作られたメンタルトレーニングのエクササイズを行うことで、最終的には同じ場面に遭遇してもストレス値が上がらない、つまりは冷静かつ集中した精神状態を保てるようになることが、目指すべきゴール

 なんだそうで。まあ、私の常識でものを言えば、あまりにも先を行き過ぎていて(深いところまで突っ込んでいて)ため息しか出ないところですが(苦笑)、あえて一度ストレスを与える(追体験させる)ことで、結果としてストレスを取り去れる術が見つかるというのは、まさしく失敗は成功の母というか、目から鱗でしたよ。私達の日常に置き換えてみても、例えば人前に出て何かをする際に緊張してしまう(上がってしまう)人っていると思うんですけど、それって以前上がってしまった時の経験が半ばトラウマとなって、ネガティブな感情しか生まれないせいでそうなると思うのですが、この話を参考にするならば、前日にでも上がってしまった時のイメージを敢えて思い出し、じゃあ何で上がってしまったのか、何に対して過緊張を起こしたのかを紙にでも書き起こして(視覚化する)、気持ちを落ち着けた後にもう一度冷静にその状況を検証して、どこでどうすれば上がらないかをトレーニングすることができれば、多少は上がることを緩和させられるんかなぁと。
 …全然話し逸れましたね(苦笑) とにかく、現代のサッカーは外野からのプレッシャーが半端じゃなく(クラブの格が上がれば上がるほどそう)、例えば昨シーズンレアル・マドリーに所属するロイスデン・ドレンテが、ホームのサンチャゴ・ベルナベウでの試合において、ボールを持つたびにホームのファンからブーイングを浴び続け、完全にメンタル面での調子を崩してプレーできなくなった、まあそれは例外的な話としても、1つの小さなストレスが大きなマイナスを生む可能性があるわけです。さらに、一番最初の引用文内にあるとおり、「試合という場で(選手の能力を)最大限発揮させる」ことができなければ、どんなスーパースターであれ「凡庸」に成り下がる危険性があるわけで。よって、メンタル面をケアする、それも「抽象的」ではなく「具体的」にそれを行うことがすごく大事なことなんだなぁと改めて思ったところです。


 続いて心拍数コントロール。メンタルコントロールが「試合前、試合中」のために施されるアプローチなら、こちらは「試合後」のために施されるアプローチ。普段の生活でもまま「テンションが上がって眠気が襲ってこない」ことがあると思いますが、スポーツ選手もご多分に漏れず。それは、

ナイトゲームを戦った選手が朝方まで眠れないという話はよく耳にするが(深夜のディスコによく出没するのはそのせいか)、これも試合が終わってからかなりの時間が過ぎてもアドレナリンの分泌が続いて、自律神経系が興奮=高ストレス状態(交感神経系が支配的な状態)を保っているから

 であって、私達は好きな時に休んで、好きなように寝れば話が済むわけですが、中2日で試合が続くようなトップオブトップの選手は、

この状態が続くと、心拍や血圧が高く保たれるためエネルギー消費が大きくなり、いわば燃費の悪い状態が続く。
(中略)
この自律神経系の興奮状態をできるだけ早く収束させて身体を燃費のいい状態に戻すことも、次の試合に向けたコンディショニングにおいて、決して小さくない違いを作り出す要因

 となるわけです。そこに目をつけたデミケリス氏は、呼吸と心拍数をコントロールするテクノロジーを開発し、それを選手に実行させることでコンディショニングにおいて他チームより優位に立つメソッドを確立させたとのこと。実際に、クラレンス・セードルフはこのエクササイズで、試合翌日の心拍数が毎分10泊前後低くなり、回復スピードが速まったんだそうで。細かいエクササイズ内容についてはコラム内では触れられていませんが(バラしたら元も子もないがw)、心拍数が10前後も下がるというのは、凄いの一言。ミランは高齢(ベテラン)選手の割合が高いチームですが、彼らが歳を重ねてもガクンとコンディションレベルが落ちずに長く現役でいられるのは(タソッティ、バレージコスタクルタマルディーニなどが最たる例か?)、ミランラボ自体は2003年立ち上げですが、空手家として世界チャンピオンにも輝いたこともあるトップアスリートの経験と、その後学んだ心理学をミックスさせた「スポーツ心理学」を早くから取り入れた長くデミケリス氏が携わってきたことが大きく作用しているのは間違いないところで、この点を取り上げてみても、凄いとしかいいようがないですよ。
 蛇足になりますが、試合後(あるいは怪我を負った際)のフィジカルケアについては、いろいろな手法がマスコミ等でも取り上げられています。有名なところで言えば、「ベッカムカプセル」として一躍有名になった高気圧エアーカプセルや試合中の発汗により失われる電解質(ナトリウム、カリウムなど)を素早く効率的に補給できるエンライテンあたりがありますが、この2つを含めて多くのコンディション回復法は「一個人が」というよりは「皆が、平均的に」という手法が多いという印象があります。もちろんそれが悪いだなんて言いませんが、疲労や故障の箇所、具合は千差万別で、個々のデータを取ってその状況に応じてエクササイズできれば、疲労の回復や怪我の治癒が早まる可能性は高まるところ。その点においては、ミランのみならず、デミケリス氏が就任したチェルシーや、デミケリス氏のシステムを導入しているレアル・マドリーが今季どのような結果を見せてくれるのか、凄く注目したいところです。


 このコラムを片野さんはこう締めました。

インテルジョゼ・モウリーニョ監督とその片腕ルイ・ファリアが、このマインドルームとアプローチはまったく異なるものの、やはり技術・戦術とフィジカルに加えてメンタル的な要因も統合的に扱うという「戦術的ピリオダイゼーション」*3の考え方に立ってメソッドを開発・実践していることを紹介した。どうやら、最先端のサッカートレーニング理論の関心事は、フィジカルからメンタルへ、筋肉から神経へと向かっているようである。

 「各国リーグ+カップ戦+欧州コンペティション+代表での試合」をフルにこなす欧州トップレベルの選手(クラブ)とJリーグを比較することがフェアか?と言われれば、答えに窮します。なので、Jでこのレベルのトレーニングを取り入れる必要があるか?と言われれば、その答えも同じ…と言いたいところですが、Jの上位チームは「Jリーグ+ナビスコ決勝T+ACL+天皇杯」と試合数はかつてより増えていますし、さらに主力選手は(世界最上位の試合数を誇る)代表出の試合もこなすことで、かなり「キツイ」状況に置かれるようになってきました。その中で、遠藤が内臓系の病に臥したり、内田がある程度の疲労レベルを超えると吐き気を催してしまうという状況に陥ったり…といったフィジカルコンディションを落とす選手も出てきていますし、Jが混戦リーグでいる状況というのは、(見ている側とすれば悪いことではありませんが)(日本特有の気候問題はありますが)コンディションを上手く維持できない、コントロールできていない、あるいは一度崩れた時に回復が遅れるメンタル面の弱さという側面もあると思うんです。
 私はFC東京ファンですが、今の東京はまさにそんな感じで、(仕方ない面はあれど)怪我人が相次ぎ、残されたメンバーのコンディションも良いとは言えないし、ナビスコ優勝後のメンタルコントロール(選手自身の保ち方もそうだし、監督・コーチ陣の持って行き方もそう)がどうだったのか?と言われても反論できない状況です。だからミランラボのメソッドを入れろ!という訳ではないですが(金銭的な面もあるだろうし)、最先端を知るための努力は、東京に限らずJのどのクラブも、そしてJリーグや日本サッカー協会も惜しむべきではない、と偉そうに語って締めたいと思います。Jリーグは「やってきたことが素直に出るリーグ」ですけど、今後ますますそうなって行きそうな気もしますね。

*1:脳波を除く生理学的なデータを用いたアプローチ

*2:脳波(神経系)のデータを用いたアプローチ

*3:ポルトガルで生まれたもので、これまた片野さんの記事によると、「全てのトレーニングをボールを使ったゲーム形式で行い、個々のエクササイズを単なる戦術トレーニングにとどめず、フィジカル的な負荷(ダッシュ、急制動、方向転換、ジャンプなど)のとメンタル的な負荷(集中力を必要とする度合い)が周到にコントロールされた形で行う」もの。常にボールに触り、ミニゲーム形式で「試合を意識する」ことでメンタルの強化も図る目的もあるそうです。