続々々・メガネのつぶやき

思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

痛いニュース(ノ∀`) : 【光市母子惨殺】 元少年「生きたい」「検察、僕をなめないでいただきたい」…弁護団、涙で「こんなに胸を張って弁護できたことはない」 - ライブドアブログ

「事件と向き合うことができず、(真実を)言えなかった。(今法廷で)述べたことは真実です。」
「亡くなった2人のことを考えると、生きたいとは言えません。よければ生かしていただきたい。」
「拘置所で本村さんに会いたい。謝りたい。会えるような自分を目指したい。法廷では、本村さんの中に作っているモンスターを見てるから、僕自身を見てほしい。」
「今以上の苦しみは実生活において容易に想定できます。それを踏まえてでも生きたい。僕のほうから検察官に言わせていただければ、なめないでいただきたい。」

 これだけトンデモな裁判をして遺族を苦しめた挙げ句にこの傲慢さですか。どこか近くの国に住む方々と同じものが流れているとしか言いようがないです。


 ここ今日に至っても「(今まで真実を)言えなかった」ですか?
 ここ今日に至っても「生かしていただきたい」ですか?
 ここ今日に至っても「(本村さんは)モンスターを見ている。僕自身を見てほしい」ですか?
 ここ今日に至っても「なめないでいただきたい」ですか?


 ソース内のレスに「どうして『ごめんなさい』が言えないの?」というものがありました。今更「ごめんなさい」を言われても本村さんがそれを受け入れることはないと思います。でも「今まで事件と向き合うことができず…=(今回の差し戻し審で」事件と向き合った」のならば、人を2人も殺めてしまったことに対する(万が一、いや億万が一、それが弁護団の言うところの「殺人ではなく傷害致死」であったとしても)謝罪の一言があってもいいんじゃないでしょうか?弁護団含めてのこのような姿勢こそが、今回これだけ方々から叩かれている原因なわけですし、本村さんが意見陳述で「被告の言葉はわたしの心に届かなかった。本当の意味で反省していない。」と考える原因なわけでしょう?ここに来てこんな人たちに心かき乱されている本村さんの苦しみは、察するに余りあるとしか言いようがありません。死刑の是非はともかく、この裁判については100%死刑であってほしいです。それで少しでも遺族の心が報われるのならば、いや、司法は遺族の苦しみに、わずかなものであっても報いてあげてほしいです。


 最後に。安田好弘氏を主任とした弁護団からすれば「被告の主張を通すための弁護に過ぎない」のでしょう。どんな悪人にも「弁護を受ける権利」はあるわけですし、依頼を了承した弁護士は全力で否認(あるいは罪の軽減)に向けて弁護するのが仕事です。今回の件で、中には発言の一部を論って曲解するという、一部行きすぎな批判(誹謗)もあることは確かで、それはいくら何でも…という主張もあります。でも、それでも曲がりなりにも「天秤のバッジ」をつけている人が、一事件としては異例の20数名という徒党を組んで、あそこまで常軌を逸した主張を平然とした顔で繰り広げ、あげくに「こんなに胸を張って弁護できたことはない」と会見で恥もなく泣く。それが弁護人としてのあるべき姿でしょうか?私には、とてもじゃないですけどそうとは思えません。この弁護団の方々の中に「良心」というものがあるのならば…ここまで来てしまっては、何を言っても無駄ですかね。「正義」ってなんだろね?「真実」ってなんだろね?