続々々・メガネのつぶやき

主にFC東京、サッカー、当たらない競馬予想の3本立て。思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

My Best F.C.TOKYO ~JAPAN Ver.~

 新型コロナウイルスの影響で、世界各国で諸所足止めを余儀なくされている中、皆様いかがお過ごしでしょうか?ワタクシはというと、ゲーム(プレステ4買いました)&音楽(Spotify始めました)&当たらない競馬予想(本当に当たりません(涙))でのうのうと暮らしていますが、今日はふと思い立って、久々のサッカーネタ。

 先日、FC東京は年間チケット代金を返金すると発表しました。で、FC東京は年間チケットホルダーを「SOCIO」と称しておりますが、自分のことを振り返ると、最初に年間チケットを購入したのが2003年シーズン。気が付けば、もう15年以上になっていました。

 すべてのシーズンに、いろいろな思い出が残っています。タイトルに歓喜したことがあれば降格に悲嘆したこともあり、内容の良さに陶酔した時期があればあと一歩で結果に届かなかったことへの落胆もあり。数え上げればキリがありません。

 そして、数多くの選手が青赤のユニフォームを身にまとい、味の素スタジアムで戦ってくれました。あんな選手いたなぁとか、こんな選手いたなぁとか、そんな選手いたっけ?とか、これまた思い出すといろんな名前が浮かんできますが、毎年、いろんな媒体で「私のベストイレブン」みたいな企画がありますよね。今回も、中断期間に(苦し紛れも含めた)この手の企画・ネタがいくつか見られますが、私もこの手持無沙汰の時期を逆手にとって、このネタに手を出してみようかと思いついた次第です。

 で、公式ホームページやWikipediaを見ていたら、まあそこそこの選手数。というわけで、「日本人選手バージョン」と「外国籍選手バージョン」の2つに分けて考えてみました。本日は日本人選手バージョン。選考基準は以下のとおり。

1.私が年間チケットを買い始めた2003年以降に在籍したことがある。

2.「1年、これでリーグ戦やる!」ていで、23名を選出。

3.システムは城福監督や長谷川監督(2020Ver.)が用いていた4-3-3

4.システムバランスなどは考慮するも、基本的には好み!

 正直、23名に絞るのもしんどかったくらいですが、考えるのは相当楽しかったので、皆さまの暇つぶしになれば、これ幸い。では、スタート!

 

スタメン

GK 権田 修一(07~16年)

 FC東京のGKと言えば?との問い。いつから見ていて、いつの時期に時に没頭していたか?が結構答えに反映される気がしていて、私も悩みましたが、スタメンは権田で。

 GKとしては初の、U-18からの昇格選手。昇格当時は塩田 仁史が正GKとして君臨していて、07、08年は出番がありませんでしたが、塩田の病気によって09年の開幕戦スタメンの座をつかむと、この年いきなりのシーズンフル出場。しかも、このシーズンはシーズン15完封を記録し、これは今でもJ1リーグ最多タイ。この09年シーズンは城福監督体制2年目で、シーズン5位と(当時の)クラブ最高順位をマークしましたが、この躍進に大いに貢献しました。

 プレースタイルは割とアグレッシブで、研ぎ澄まされている時の相手との間合いの詰め方は、見ていて感嘆するレベル。キックにもこだわりを持ち、フィードからチャンスを作る場面もそれなりにある一方、調子悪いと3本連続ゴールキックが直接タッチを割って軽いブーイングなんてことも。

 東京時代の晩年は、オーバートレーニング症候群を患い、復調の気配が見えた矢先にいきなり海外移籍を決断するなど若干ザワつかせ、鳥栖へ移籍して味スタ凱旋となった試合では、終了後に東京ゴール裏に赴き、号泣して頭を下げるなどいろいろありましたが、スケールの大きさも含めれば、私にとっては権田がベストGKですね。

 

DF 加地 亮(02~05年)

 今や、ちょっと話が上手い関西のサッカー解説者兼商売人、というポジションを確立した加地。在籍期間・出場試合数などを考えると、世の中のサッカーファン的にはG大阪の選手のイメージがあるかもしれませんが、その片鱗、素質開花はFC東京なんですよ。

 当時指揮していたのは原博実。「部活サッカー」だの「ガンガンハラヒロミ」だの呼称は様々ありますが、今風に言うところの直線的な、ダイレクトなサッカーを志向する中で、前に行けるスピード、割と無理が利くクロスの入れ方、ふとした飛び道具のミドルシュートなどでチームに大きく貢献。

 1列前にいた石川 直宏とのコンビは、今思い出してもワクワクする躍動感があって、加地の跡を継いだ徳永 悠平に対し、当初は「うーん、戦えるんだけど地味やなぁ」という感想を抱いてしまったのは、これは仕方ないでしょう。うん、仕方ない。城福監督はともかく、長谷川監督が志向するファストブレイクには向いていると思います。

 

DF 茂庭 照幸(02~09年)

 最初に書いてしまいますが、私にとってはアイドル的選手でした(not 顔)。

 02年に平塚(現・湘南)から期限付き移籍で加入するも、この年はレギュラー格とは言えず。ただ、一定の評価は得て03年に完全移籍。で、私がSOCIOになったのが03年。つまり、生まれて初めて真剣に、サッカークラブの試合をスタジアムで見始めた年にCBとして燦然と輝いていたのが茂庭(とジャーン)なんですが、抜群のスピードで対人もカバーリングもこなし、時折集中力を欠いたプレーがあるのもご愛嬌と言えるほど、質の高い守備を見せてくれました。

 また、その人柄・キャラクター、なぜか周りで勝手に生まれる面白エピソードも抜群。特にA代表では、04年に一部マスコミから「キャバクラ8」と揶揄されてしまった夜間無断外出があれば、05年コンフェデレーションズカップ、06年ドイツワールドカップはともに、それぞれ中澤 佑二、田中 誠の負傷交代による代役として緊急追加招集され、ドイツW杯では坪井 慶介の怪我もあって何と初戦でスタメン出場!これにはFC東京ファンのみならず、全国のサッカーファンが何かしらのリアクションをしてくれたと思いますが、私は笑い転げてました。

 もちろん、根は(おそらく)真面目で、真摯であるからこそチャンスは巡ってきたわけですし、それをしっかりと逃さなかった実力があってこその面白なわけで。09年、FC東京としては珍しい、味の素スタジアムを使ってのファン感謝祭的イベントがあったんですが、そこで茂庭のお別れ挨拶を直接聞き、石川から花束を渡された瞬間に号泣してしまったのは、今となってはいい思い出です。後にも先にも、選手の移籍でここまで心が揺さぶられたのは…ないかもしれません。

 

 

DF 丸山 佑市(12~13年、15~18年7月)

 これは、完全に好みです。丸山、本当に好きだったんですよ。

 12年に明治大学から加入するも、当時は森重 真人、チャン ヒョンスの分厚い壁に跳ね返され、出場期間を得られず。14年に湘南へ期限付き移籍となりましたが、チョウ キジェ監督が志向するサッカーと持ち味が合致したのか水を得た魚のような活躍を見せ、私も「うわー、マルってこんないい選手だったのかよ!」と一気に惚れたクチ。

 そのまま湘南へ残る手ももちろんあったと思いますが、15年にFC東京へ復帰すると、フィッカデンティ監督の評価を徐々に上げていき、(当時2ステージ制だった)2ndステージでスタメン奪取。左利きの丸山が左CBに収まったことで、それまで左CBとしてやや窮屈そうにプレーしていた森重も右CBとしてイキイキとしましたし、湘南で培ったスピードのあるインサイドキックでのパス、ロングフィードカバーリングなどで、上位進出に一役買いました。

 惜しむらくは、その後の2年間、クラブ自体が迷走し、低迷してしまったこと。丸山自身はやれることを精一杯やっていて、むしろ森重よりも安定感や信頼性はあったと思っていますが、評価が上がりきらず。さらに、17年途中にチャン ヒョンスがカムバックし、18年に就任した長谷川監督のお眼鏡にかないきれず、別れは突然夏にやってきてしまいました。

 それでも、左利きのCBとしては2010年代の全Jリーガーの中でもトップクラス、という評価は私の中で揺るぎません。また、あのビシッとしたインサイドキック、ピンポイントのロングフィードという長短織り交ぜたパスを操れる、左利きのCBがFC東京に表れてくれることを、ひそかに願っています。

 

 

DF 金沢 浄(03~09年9月)

 左SB、太田 宏介とどちらにするかものすごーーーーく悩みましたが、長谷川監督をいくばくかイメージしたスタメン、となると、長谷川監督下で小川 諒也との健全な競争に屈した太田は選びづらいところも。

 という、消去法的な理由ではなく、金沢が醸し出す安定感というか、安心感というか、仕事キッチリ感というか、そうしたものは、なかなか持てそうで持てない独特なものがありました。昨季、オ・ジェソクが夏に加入し、即座にファンの信頼を勝ち得ましたが、私はジェソクに金沢をオーバーラップさせていましたね。

 武南高校国士舘大学⇒磐田と、歩んできた道のりはエリートレベル。そんな選手が、磐田で100%の信頼を勝ち得ていなかったとしても、よもや当時のFC東京に来るとは思っていませんでしたし、加入してからのプレーぶりは、前述したとおり。当時、右サイドがガンガン加地&ナオだったのに対し、左は浄さん&戸田 光洋とか鈴木 規郎といった渋い組み合わせ。その中で、戸田やノリオをイキイキしていたのは、やはり浄さんの存在あってこそ。玄人好みの選手でしたね。

 

 

MF 梶山 陽平(04~12年、14~18年7月)

 FC東京ファンならほぼすべての人が、他のチームを応援する人も多くの方が認める天才、それが梶山でした。

 イタリアのサッカー界で、質の高い選手に贈られる「フォーリクラッセ」。しかしある日、フォーリクラッセさらに超えた「ファンタジスタ」という表現が生まれ、最初に贈られたのは、かのロベルト・バッジョだと言われています。言葉は、ある事象をどうしても表現したい、しなければならない時に生まれるとも言われますが、バッジョのプレーぶりは、そうした新たな言葉を人々に考えさせるほどのものだったんでしょう。

 そして、時に東京ファンから敬意をこめて梶山に向けられた言葉が「変態」でした。まあ、世の中に広く浸透はしないでしょうし(マスコミが大々的に使える言葉ではないし(苦笑))、東京ファンの中でも共通項を得られてはいないかもしれませんが、私はこの表現が大好きで。

 凡百の選手とは見えている世界が違って、持ち得るスキルが豊富で、想像だにしないプレーをいとも簡単にやってのける。そうした天才的な選手は、日本サッカー界にこれまで何人かいました。Jリーグが始まって以降なら、小野 伸二、中村 俊輔、遠藤 保仁、中村 憲剛などでしょうか。でも、彼らとはまた、住む世界が違う気がしていて、そんな梶山を一口に「天才」と評するのではなく、「変態」と称するのは、文学的にも面白のかなぁ、なんて思ったりします。

 だからこそ、彼のキャリアがいくつもの怪我によって尻すぼみになってしまった、真綿で首を締めるかのように、緩やかにフェードアウトしてしまったのが、本当に残念でなりません。この先も、長いことサッカーを見ていれば「天才」に逢うことはできるでしょう。でも、サッカーという競技が近現代の様々な要因も含めてその質を変えつつある今、梶山のような「変態」は、もう二度とお目にかかれない。そんな気もしています。

 

 

MF 米本 拓司(09~18年)

 茂庭のところで「後にも先にも、選手の移籍でここまで心が揺さぶられたのは…ないかもしれません」なんてカッコつけて書きましたが、米本がチームを去る決断を知った時は…やっぱりちょっと心がザワつきました。

 なんて言いますか、J1クラブにスカウトされる選手は、当たり前にみんな上手です。当たり前に。でも、そんな上手の集まりの中で、さらにプロになってから格段に上手くなる、逞しくなる選手こそが真の一流選手なのだとすれば、米本はまさにそのタイプでした。

 城福監督は獲得に際して「献身的な守備ができて、攻撃の起点にもなれる技術がある」と評し、クラブスタッフも「パスを出せる今野 泰幸」という評価をしていたらしいですが(by Wikipedia)、初見は圧倒的に守備でこそのタイプでした。結局、最後まで「パス、上手くなかったね」という評価をする方もいるでしょうし、私もそれを無下に否定するまでの擁護はできませんが、それでも自分に求められているものは何か?をしっかりと考え、その要望・要求に応えるべく努力を重ねた成果が、徐々に試合の中で見られるようになっていたのは間違いありません。

 梶山同様、膝の大けががなければどうなっていたか?は考えてしまいます。まあ、もはや意味のないifで、米本自身そこを言われるのを嫌うかもしれません。しかし、何の運命のいたずらか、新たな世界を求めて歩を進めた名古屋で再びフィッカデンティ監督と出会うことになりました。そして、私にとってのベスト米本は、フィッカデンティ監督時代の14,15年。他チームにはなってしまいましたが、今季再開後の米本は、私からすればちょっとした夢の続き…になるかもしれませんね。

 

 

MF 羽生 直剛(08~12年、13~16年)

 名称イビツァ・オシムの薫陶を受け、東京に加入したのが08年。城福監督が就任し、それまでの直線的なサッカーからボール保持を大事にするサッカーへと転換するにあたって、どうしても獲得したかった選手だったと記憶していますが、やはりオフ・ザ・ボールの動きは、明らかに際立っていました。

 在籍期間中、城福監督、ポポヴィッチ監督、フィッカデンティ監督、篠田監督と4人の指揮官に仕えましたが、その都度戦術に適応。フィッカデンティ監督時代に3センターハーフの1角としてポジションをがっちり掴んでいますし、結構好みで選んできましたが、チームシステムのことを考えてのスタメン選出となりました。いや、急に真面目か!

 

FW 石川 直宏(02年4月~17年)

 私が好きな某グループで「魅力がすごいよ」というタイトルのアルバムがあるんですが、今振り返ってナオを一言で評するなら、このフレーズがしっくりくるなぁ、と。

 まあ、いまさら私が振り返るまでもなく、激動の現役時代でした。その時々で感情をむき出しにさらけ出し、喜怒哀楽をしっかりと言葉でも表現し、プレースタイルも年月を経るごとに幅を広げ、味わいを深め、自身の完全なブレイクスルーを阻んだ大怪我ですら、彼の魅力の一つに今はなってしまっている。これって、やっぱり冷静に考えたらものすごいパーソナリティです。

 いつまでも、FC東京のために尽力してほしいと思う一方、サッカー界全体をリードしていく立場として行動する姿も見てみたいと思っていまして。まあ、ナオ自身が今後をどう考えているかは分かりませんが、そのバイタリティーが尽き果てるまで、これまでも、これからも、魅力がすごいよ!と思わせてくれるナオであり続けてほしいのであります。

 

FW 久保 建英(17~18年8月、~19年7月)

 私はU-18、U-15をホントにわずかばかりですが見に行くことがあり、たけふさがU-15むさし、U-18に所属してプレーしていた試合もいくつか見ることができましたが、一番印象に残っているのが16年のJユースカップ決勝でして。

 相手は広島ユース。試合は前半で広島が2点先制するも、後半立ち上がりに東京が立て続けに2度ネットを揺らし同点に。そのまま延長にもつれますが、延長後半に久保のスルーパスを受けた荒川が決勝ゴールを決め、東京が勝利。タイトルをものにした試合でした。

 この試合、久保はベンチからスタート。しかし、劣勢を受けて後半頭から投入され、数人のポジションチェンジも行ったことも奏功してチームにいい距離感がもたらされ、流れを奪い返したという展開でしたが、正直久保自身のプレーは良くなくて。本人にそのつもりは全くなかったでしょうけど、私の目にはどうしても「独りよがり」に映ってしまって、延長前半?には思わず「お前独りでやってるんじゃないんだよ!」って叫んでしまった記憶が今でも残ってるんですが、とにかく採点するなら決勝アシスト込みでも5.0でした。

 ただ、今になって思えば、久保が見せた姿勢は「俺が試合を変えてやるんだ」という前向きなものだったという見方も、たぶん正解。それを、15歳でひるまずやってのけるメンタリティは評価すべきものですし、その後随所で見せてくれた「勝ち気」もまた、目を見張るものでした。

 そうした点を含めたたけふさとの日々は、一ファンからすれば文字通り「僥倖」だったとしか言いようがありません(僥倖の意味が分からない良い子は、辞書を引こう!)。長いこと、1つのものを追いかけ続けるメリットというか得っていくつかありますが、こうした僥倖もその1つなのかもしれません。

 

FW 武藤 嘉紀(14~15年6月)

 丸山を選んだ理由に「完全に好み」と書きましたが、武藤もまた、完全に好み。FWにもいろんなタイプがいますが、私は「カウンターストライカー」がかなり好きで、世界的に例えるならマイケル・オーウェンだったりフェルナンド・トーレスだったり、ちょっと毛色が違うかもしれませんがフィリッポ・インザーギだったり。

 Jにも、スピードの違いや最終ラインとの駆け引きでスッと裏に抜け、得点を重ねてきた選手はあの人とかこの人とかいますが、武藤はそうしたカウンターストライカー種の中でもトップクラス。

 まず、単純に速い。端正な顔立ちからは想像できない体躯の強さを武藤は持っていますが、やはりスプリントって筋力大事なんだなぁ、と思わせてくれる速さがあり、相手DFとすればやや不利な、ややタイトな、ともすればちょっとダーティーな当たりで止めるしかない場面もあって、筋疲労だとか打撲によるダメージは相当あったんだろうと想像しますが、分かっていても止められない日もありました。

 そして、しっかりと決める。といっても、1年目はため息を誘う場面がなかったわけではありません。そうした経験をしっかりと成長に繋げて、2年目は1stステージ17試合で10得点。印象に残るゴールも多く、ヘディングの強さも見せ、まさに手のつけようがない試合もありました。

 今、ニューカッスルでもがき苦しんでいて、この先どういう選択をするのか分かりませんが、次のワールドカップを狙うんであれば…ね。

 

 

サブ

GK 土肥 洋一(00~07年)

GK 塩田 仁史(04~14年)

 「GKがしっかりと安定しているチームは崩れない」ってのは今も昔も変わらないサッカーあるあるですが、振り返ると私が見始めてから東京のゴールマウスはほぼ、土肥、塩田、権田、林の4人だけで守ってきました(魔の2年は除く)。

 林は現役でこれからも戦歴を残す余地が大いにあるので今回はご遠慮いただき、サブには土肥と塩田をチョイス。土肥はやはり、ナビスコカップ決勝の神がかり的なセービングが印象的。キックがへんちくりんだったのと、よもやヴェルディに移籍したのは、今となってはいい思い出です!

 塩田は、やはりゴール裏を煽る仕草(胸のエンブレムを叩いて、両手で『盛り上がれ!』ってジェスチャーする)が脳裏に焼き付いています。キックは土肥よりも精度があり、ハイボールの処理は権田よりやや劣りますが、コーチングはおそらく3人の中で一番。ナビスコカップ決勝で土肥が輝いたのは、準決勝まで塩田がゴールマウスを死守してきたからこそ。

 

 

DF 藤山 竜仁(92~09年)

DF 太田 宏介(12~15年、17年~19年8月)

DF 森重 真人(10年~)

DF 吉本 一謙(07~09年8月、11~12年8月、13年~18年6月)

 サブのDFは4人。長友 佑都、徳永 悠平、室屋 成、佐原 秀樹あたりは惜しくも次点。

 藤山は東京ガス時代から在籍していたレジェンド。右も左も真ん中も、なんならセンターハーフでもプレーして、いずれも及第点以上のものを表現できるユーティリティさは、ベンチに置いておいて全く損がないタイプ。小柄ですが、間合いを詰めるタイミングや足を出すタイミングの良さでファウルせずにボールを奪えるクレバーさは、むしろ中高生に見てほしいところ。

 太田は左からも攻めたいときの選択肢として。歴代プレイスキッカーとして最高の精度を誇っていたのは疑う余地がありませんし、チームを明るくしてくれるキャラクターも〇。

 森重は、実力で引けを取っているわけではなく、茂庭と丸山が好きすぎただけ。まあ、今も賛否両論と言いますか、好き嫌いがある選手ではありますが、昨季は素晴らしい1年でした。今季、ACLとJ1開幕戦だけ見たら「あれ、昨季の森重はどこに?」って思ってしまいましたが、再開後の立て直しに期待。

 対して、吉本は実力で見ると4番手、5番手、6番手…になりますが、そのキャラクターやキャプテンシーは誰が見ても好きになるタイプ。決して順風満帆な選手生活ではありませんが、どんな状況でも今やれる精いっぱいを尽くすメンタリティーは、どのチームでも評価されています。

 

 

MF 宮沢 正史(01~06年)

MF 今野 泰幸(04~11年)

MF 馬場 憂太(02~07年)

 サブのMFは3人。次点は浅利 悟、橋本 拳人、高橋 秀人、栗澤 僚一、東 慶悟あたりでしょうか。

 宮沢は加入当初サイドハーフとしてプレーしていましたが、原監督によってセンターハーフにコンバートされると一気に才能開花。先ほど、太田が歴代プレイスキッカーナンバーワンと書きましたが、ナンバーツーは宮沢と言っていい精度の高いキックを持ち、対角に飛ばすサイドチェンジは、今の現役選手と比べても一枚上。アンカーとしてプレーさせてみたい点も含めて選出。

 今野は多くを語るまでもなく。最終ラインの緊急措置としてもプレー可能ですし、中盤逆三角形ならアンカーでもインサイドハーフでもプレー可能。もちろん、守備がメインタスクになりますが、実は今ちゃんの隠れた才能が「セットプレー時のファーサイド詰め」。落下点予測の早さ・正確さもあるんでしょうけど、ファーサイドで今野がヘディングシュート!ってシーン、結構あるんですよね。赤嶺 真吾が二ア、今ちゃんがファーって、一時定番になってたんですよ。

 馬場は完全に「夢」枠。クラブ初のU-18からの昇格選手(尾亦 弘友希とともに)で、梶山が昇格するまでは馬場がコンダクターとして台頭していました。馬場もまた、怪我に泣いて大成しきれなかったわけですが、ゾーンに入った際の馬場のプレーは、変態な梶山とは違って正統派な「天才」そのもの。攻撃の切り札としては、この上ない存在となってくれるでしょう。

 

 

FW 阿部 拓馬(16~17年6月)

FW 永井 謙佑(17年~)

FW 平山 相太(06~16年)

 FWもサブは3人。次点は戸田 光洋、鈴木 規郎、阿部 吉朗、赤嶺、中島 翔哉あたりでしょうか。

 阿部は、なんと言いましょうか、加入する時期が時期ならもっとFC東京で名を上げていたと今でも信じている選手。グロインペイン症候群など怪我との戦いも余儀なくされてしまい、恐らく東京では7~8割ほどしか真価を発揮していないんじゃないでしょうか?個人での打開力は、もっと評価されていいですよ。

 永井はサブにしておくのがもったいないですが、本当に僅差で武藤に屈した形。しかし、昨季の成長ぶりは目を見張るものがあり、肩を手術した彼にとっては、このコロナ禍による試合延期は、決して悪くない話。全快して全開な永井を、今はただ心待ちにしています。

 平山も、ある意味では「夢」枠でしょうか。14年に、あの忌まわしいタックルがなければ…いや、それはやめましょう。やっぱり平山で印象に残っているのは、国立でやった横浜FC戦での5人抜き。足が速い、なんてイメージは皆無の平山ですが、好調時の平山は「速そうに見えないけど、実は速い」ドリブルやフリーランを見せてまして、このシーンはまさにこれ。見たことがない方のために、youtube貼っておきます。

www.youtube.com

 

 

 

 というわけで、23名選びました。いやー、まだまだ選びたい(次点からも漏れた)選手一杯いますが、こういうのを考えるの、たまには面白いもんですね。

 外国籍選手バージョンは…近日公開します~(明日できればベスト)