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続々々・メガネのつぶやき

主にFC東京、サッカー、当たらない競馬予想の3本立て。思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

思い出そう、あの頃の自分を

FC東京 Jリーグ

 ワールドカップが終わって早5日。地球の裏側で行われた究極の非日常を約1か月間堪能し、明日からは、J1各チームのファンにとっては日常とも言えるリーグ戦がいよいよリスタートされます。
 日本代表は、残念ながら世界に、そして自分という幻影に叩き潰されました。私自身はこの4年間の代表試合すべてを見たわけではありませんし、すでにあちこちで実のあるものから中身のない文句まで様々な文章が世に出ているので、日本代表について何かまとめることはしません。しかし、ワールドカップ全体を通して1つだけ、改めて強く思った部分がありました。それが、「気持ち(執着心)の強さ」です。


 母国開催となったブラジル代表。栄えある開幕戦、まだロックアウトして、子供たちと手を繋ぎ入場を待っている段階で、すでにキャプテンのチアゴ・シウバは涙をこらえるのが精いっぱいなほど、感極まっていました。ダメ押しとなる3点目を決めたオスカルは、ゴール後に涙を抑えることができませんでした。その後も、ブラジル代表の面々は国歌斉唱時に、ゴール時に、勝利時に涙を見せていました。その要因として一番に挙げられるのはプレッシャーでしょう。期間中、スコラーリ監督が臨時でメンタルコーチ(心理学者)をキャンプ地に呼び、選手・スタッフと面談をさせた、なんていうニュースも伝わってきたほどですから。しかし、割合にすれば小さいかもしれませんが、家族のために、仲間のために、国民のために、そして自分のために、おそらく百戦錬磨のブラジル代表の面々ですら、自分史上最高に勝ちに対する執着心が強まっていたことも、容易に推測できます。
 件のメンタルコーチのおかげかどうかは分かりませんが、準々決勝以降、国家斉唱で感情を高めすぎる選手はいなくなりました。そのことを前向きに捉える言説が多かったように記憶していますが、(結果論ですけど)私は小さな違和感を感じていました。もちろん、それが敗因だなんて大それたことは言いませんが、この短期決戦の中で一度上がりきったテンションを、勝ちにこだわる執着心を抑えようとするのが果たして良いことなのか悪いことなのか?それを多分に考えさせられる準決勝、そして3位決定戦だったように思います。


 そのブラジルを、準決勝で叩きのめしたドイツ。30分そこらで5−0とリードすれば、多少なりとも緩む局面があっていいと思ってい観ていましたが、ドイツは最後まで手綱を緩めませんでした。クローゼとシュールレを58分に交代し、ミュラーが1トップの位置に入りましたが、そのミュラーが前からのプレッシングを最後までやり通し、ハンドジェスチャーで後ろの選手たちにも「出ろ!」と伝え、後ろの選手もそれに応えて足を止めず、奪ってからのカウンターも試合終了まで勢いがしぼむことはありませんでした。
 世の中には「ハングリー精神」という言葉があります。ことサッカーにおいては、こういった大きな大会で日本勢がふがいない結果に終わった時、「ハングリー精神が欠如している」などと表現して、メンタルの弱さを指摘する方が多いように思います。しかし、ハングリー精神なるものが、例えば出自によるもの(幼いころから貧困にあえいでいたなど)からしか芽生えないのだとすれば、それを日本人に求めるのはあまりにもナンセンス(現実から逸脱した批判)ですし、私が知る限り、ドイツ代表の面々に対して「ハングリー精神が旺盛で…」という類の賞賛は見受けられません。では、この気持ちの強さはどこから来るのか?と問われれば、私は勝利への執着心と答えます。
 今回、ドイツ代表の中心軸を担ったのがバイエルン・ミュンヘン勢。3シーズン前は国内リーグ、国内カップ、チャンピオンズリーグいずれも2位という悔しい結果に終わりましたが、2シーズン前はその悔しさをバネにし、勝ちへの執着心を燃やし、一転して3冠タイトルすべてを奪取。そして、先シーズンはチャンピオンズリーグこそ逃したものの、国内リーグ、国内カップの2冠を達成しました。特にリーグ戦は史上最速で優勝を決め、得失点差は驚異のプラス71。3得点以上の試合も34試合中17試合と半分を数えました。とにかく、相手がどこであれば場所がどこであれ、シチュエーションがどうであれスコアがどうであれ、常に信じてやり続ける気持ちの強さ、勝ちにこだわる執着心の強さを日ごろからユップ・ハインケス、ペップ・グァルディオラの両監督からこの3年間叩き込まれたという印象があります。そんなバイエルン勢に引っ張られながら、今回のドイツ代表はとにかく隙がありませんでしたし、「ポカ」もほとんど見られませんでした。技術も、体力も、戦術も最高峰だったと思いますが、何より気持ちが一番強かったのかなと感じています。


 全体で見れば、今大会は守備がよりクローズアップされた大会でした。戦術的なことは詳しい方に任せるとして、ごく端的に言えばオランダ、チリ、メキシコはマンツーマンを強く意識した5バックスタイルで決勝トーナメントに進み、コスタリカギリシャアルジェリアは堅守速攻でサプライズを起こしました。また、アルゼンチンやアメリカも、非常に素晴らしい守備を見せてくれました。個人に目を移しても、マヌエル・ノイアー(ドイツ)、ティム・ハワード(アメリカ)、ギジェルモ・オチョア(メキシコ)、ライス・エムボリ(アルジェリア)、クラウディオ・ブラボ(チリ)、ケイラー・ナバス(コスタリカ)など、とにかくGKが素晴らしいプレーを見せ続けてくれました。もちろん、GK自身の個人戦術や、最終ラインとの連携によるグループ戦術からくるものが多かったと思いますが、集中力の切れなさであったり、相手に与える威圧感であったり、「絶対にゴールネットを揺らさせない」という点に対する執着心も、彼らのハイパフォーマンスに影響を及ぼしたのは間違いないでしょう。
 また、スペイン−オランダ戦における、ジエゴ・コスタやシルバをつぶし続けたロン・フラールの球際の強さ、スイス−エクアドル戦における決勝点の起点となった、ヴァロン・ベーラミが見せた執念の自陣エリア内タックル、アルゼンチンを苦しめ続けたイラン代表の気持ちの入った守備、ブラジル代表を困らせ続けたチリ3バック(ハラ、メデル、シルバ)のボールへの食らいつき方、1試合ごとに凄みを増していったハビエル・マスチェラーノなどなど、守備が強く記憶に残ることはたくさんありました。国を背負うという、これ以上ないモチベーションとプレッシャーの中で、自然とプレーの質や強度が増していた部分はあるでしょう。しかし、今までのワールドカップでこれほどまでに守備の場面で、ボールを保持する側ではなくボールにアタックする側がクローズアップされたことにはほかの理由もあるはず。そのことをワールドカップを終えてからああでもない、こうでもないと2、3日ぐるぐる考えた結果、私自身は、

自分たちの身丈を的確に捉え、守備を「させられる」ものではなく「する」ものとして強く意識し、チームとしても個人としてもボールを奪うこと、ゴールを守ることにより執着する気持ちを前向きに持った国が多く存在するようになったから

 と結論付けました。そしてこのことは、今大会日本代表が最も持てなかった部分ではないか?とも思っています。


 話はガラッと変わりますが、(このブログをそれなりに読んでいただけている方はご存知かと思いますが)私はFC東京を応援しており、味の素スタジアムにも足繁く通っておりますが、FC東京は1年に数度、試合前に「キッズマッチ」を催しております。主目的としては、小学生に天然芝でのプレー機会を与えることだったと思いますが、1学年〜4学年ぐらいまでの小学生チームが楽しそうにプレーしているのを、これまで何度も目にしてきました。それで、このエントリを書くにあたっていろいろ考えていた中で、ハッと気づいたことがありました。
 小学生(特に低学年)の試合を見ていると、もうそれは吸い寄せられるかのようにみんながボールに集まって、ボールが中心となってゲームが進んでいきます。世の大人たちは「かわいいねぇ」などと言いながら、ほのぼのと眺めていることが多いと思いますが、当の子どもたちからすれば、おそらく全員が全員「ボールに触りたい!」という(意識の有無を問わない)執着心を持ってプレーしていると言えるのではないでしょうか?ボールホルダーの子は「絶対にこのボールを誰にも渡さない!」と、それ以外の子は「絶対にそのボールを奪ってみせる!自分のものにしてみせる!」と、とにかく余計なことは考えず、ただそれだけのためにプレーしているのではないでしょうか?もしそうだとすれば、きっと子どもたちは、世界のどんなスーパースターよりも強くて純粋な執着心を持っていると言えるのかもしれません。そして、中学、高校、大学、社会人、プロと年齢を重ね、様々なカテゴリーで継続してプレーしているすべてのサッカー人には、そんな子ども時代が絶対にあったはずです。すなわち、誰しもが世界最大級の執着心を持ってプレーしていた経験があるわけです。
 もちろん、トップでプレーするためには様々なことを覚えなければいけません。気持ちだけでは試合には勝てません。執着心だけでは飯を食べていけません。ただ、大人になるにつれ、子どもの頃に抱いていた純粋な気持ちは薄れて行ってしまうのが大多数だと思いますし、いつの日からか、少しだけ(自分も含めて)日本サッカー界がシステムとか戦術とか小難しい話に寄っていって、「良いサッカー」とか「美しいサッカー」とか、妙に小奇麗な、かしこまったサッカーをするチームが多くなっている現状になってしまっている気がしています。それが悪いことだなんて言いません。ただ、勝っても負けても引き分けても「あぁ、今日は見に行ってよかったな」と思わせる試合を増やしていくためには、今一度「個の力」と「気持ち(執着心)」の重要性がクローズアップされるところから始まるのかな?と私は思っています。日本のサッカー人が、特にJで戦う選手たちが、もはやどこかに置き忘れてしまった子どもの頃の執着心を思い出し、今この瞬間目の前にある相手に対して絶対に負けないんだ!という強い気持ちが乗っかったプレーを――攻撃側なら抜いてやる、守備側なら奪ってやるという執着心がビンビンに伝わってくるプレーを――1つでも多く、一人でも多く見せてくれたらとても嬉しいなと感じています。


最後に勝負を分けるのは、上手い、下手「だけ」じゃない。そのことを強く思い知らされたからこそ、そして、国籍も人種も出自も関係なく、「執着心」はすべてのサッカー人が一度は持っていたものだからこそ、「出せないはず、ないよね?」って求めていきたいのであります。