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続々々・メガネのつぶやき

主にFC東京、サッカー、当たらない競馬予想の3本立て。思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

成功体験

 6/3のNHK「クローズアップ現代」において、東京大学野球部特別コーチに就任した桑田真澄さんの取り組みを取り上げていました。その中で、司会の国谷裕子さんが「他の大学に比べて体力がなく、技術が低く、実績もない部員たちに、どのように『自信』をつけさせるのか?」という質問を桑田さんに投げました(一字一句合ってはいません)。それに対して桑田さんは、

練習において小さな成功体験を1つずつ積み重ねて、それを自信に変えていくしかない

 という趣旨の回答をしていました(一字一句合ってはいません)。


 今年、FC東京U−18はプリンスリーグ関東1部、高円宮杯U−18サッカーリーグ東京3部(通称「T3リーグ」)を同時並行で戦い、年初には東京都クラブユースU−17サッカー選手権大会(通称「新人戦」)、そして今は全国クラブユースサッカー選手権大会(通称「クラ選」)関東大会を戦っています。しかし、年初の新人戦は3位に終わり、プリンスリーグは4位、T3リーグは2位と首位を追いかける展開。そして、クラ選は全5節中3節を終えて5位と、なかなかに苦しいシーズンを送っています。
 苦戦の要因は、もちろん1つではありません。例えば怪我人の多さ。たまに見に行かせてもらうと「○○は怪我で…」という話を毎回聞いているんじゃないか?と思うほどで、大中小様々な負傷離脱者が後を絶ちません。この時期の選手はまだ筋肉や骨格が出来上がりきっておらず、どうしても痛みが出やすい、あるいは怪我をしがちであるとはいえ、正直ここまで多いのは想定外ですし、何かやりようがないものか…と考えてしまいます。例えば失点の多さ。ふと、これまでの公式戦リザルトをオフィシャルサイトで見直していたら、今季ただの一度もクリーンシートがないことに気が付きました。特にその傾向が顕著なのがプリンスリーグで、3勝3敗と星は五分ながら、12得点18失点と得失点差大幅マイナス。年の初めに「個で奪える選手が見当たらず、チームとしてどういう守備の仕方で攻撃を支えてあげられるかがはっきりと見えない点」が微かな不安として…みたいなことを書きましたが、残念ながらこの不安が割と現実のものになってしまっている印象もあります。
 しかし、一番考えさせられている点が「声」。プロの試合で、たくさんの観客がいて、手拍子やらチャントやらが喧しく鳴り響くスタジアムにいると物理的に聞こえないことが多いですが、育成年代の試合が行われる会場の大半は観客の声出しを禁止事項にしているところが多く、おのずと選手、監督、コーチ、審判の「生の声」が耳に入ってきます。コートが広く、連続性の積み重ねでゲームが進み、流動性の高さがある種の混乱と偶発性を生むサッカーというスポーツにおいて、自分だけで周りの状況がどうなっているのか全てを把握することは不可能。その、自分の視野の外にある情報をいかに得るか、イかに共有するか、そのために声は必要なファクターとなってくるわけです。
 声、と一口に言っても、様々な種類のものがあって、私は主に3つに分けられると思っています。1つ目が「コーチング」。例えばボールを受けた選手に対してその瞬間「フリー」だったり「背負ってるぞ」だったり「○○、こっち空いてる(こっち出せ)」だったり、ボールホルダーが見えていない状況を周りが伝えることで、味方の視野を広げてあげる。もしくは、主にGKやDFが守備時に「もう少し中へ絞ってくれ」だったり「○番にしっかりついておけ」だったり「前から行っていいぞor少し引いてスペース埋めろ」だったり、自分より前のポジションの選手に対してこうしてほしいと伝えることで、今どんな場面であるかを共有することで、適切に対応できる体勢を整えるといった種類の声がコーチング。
 2つ目が「叱咤激励」。軽いプレーをした味方に「しっかりしろ」と怒鳴る、逆に良いプレーをした選手に「ナイス」と褒める、あるいは苦しい局面の時に「ここは我慢だ」と鼓舞する、はたまたいい流れの時に「いけるぞ」「やれるぞ」と味方を盛り上げる。こういった試合の展開をしっかりと捉え、今はどんな局面で、どうすればより良いプレーができるか?という思いを言葉にして、味方に何かを伝えることが叱咤激励。3つ目が「独り言」。これは私のひねくれた意見かもしれませんが、プレーしていれば思い通りにいくことも、思い通りにいかないこともあるわけで、その瞬間ごとに喜怒哀楽を中心とした様々な感情が湧いてくるのは自然な流れ。それを、言葉にならない言葉でもいいし、誰に向けた訳ではなく虚空に消えるものでもいいし、ワッ!と吐き出すことは必要なんじゃないかと思っていまして。それが次のプレーへの切り替えになればバンザイ、的なね。


 さて、去る土曜日にクラ選第2節、対甲府U−18戦を見に行くことができたんですが、結果から言うと1−2で敗戦。お互いシュートまでなかなか持っていけず、結果的に両チームともシュート5本打てなかった?という良く言えば堅い、悪く言えば停滞したゲーム展開の中、その少ないチャンスを1つしかモノにできなかった東京と、2つもぎ取った甲府という試合内容だったかと思います。その差を分けたものは何だったのかを1つに要約して言い切るのは不可能に近い作業ですが、いくつかあった中の1つに「声の出てない感」はあったと思っています。
 先ほど分類した3つに当てはめて考えてみます。まずコーチングですが、端的に違いが見て取れたのはGKから発せられたもの。両チームのGKとも頻繁に声を出し、及第点以上のコーチングはできていたと思います。しかし、その質には若干の違いがあって、東京のGK伊東は割と「広範囲」な指示が多かったのに対し、甲府のGKは(GK以外もそうでしたけど)、直接個人名を出してどうして欲しいか伝える「ピンポイント」な指示が多かったという印象が残っています。まあ、これはどちらも正解というか、そのGKの特徴でもある部分なので、どちらが良い悪いは判断しづらいところですが。
 1つ飛ばして独り言ですが、観客席側に向かって前半は甲府、後半は東京が攻めていた中で、お互い何度かサイドを深くえぐってクロス、という場面がありました。そこで、甲府のある選手は「ニアサイドを狙うもクロスがフワッとファーに流れてしまった=キックミス」をした直後に「あ、やべぇ、でけぇ!わりぃ。」と誰に向かうでもなく声を発しました。東京ファンは一瞬ザワっとして、私も「おもろいなー」とその瞬間は思って見ていましたが、後半東京が観客側に向かって攻め、同じようにクロスを上げたシーンで、そういった類の声は聞かれませんでした(私が聞こえなかっただけならごめんなさい)。別に、これが試合の何かに影響したとは言いませんし、流れの中では枝葉どころか葉緑素ぐらい小さなことではあります。ただ、こういった声が素直に出るか出ないか、というのは意外とその選手のパーソナリティを表していると思っていて、そこから数分、その甲府の選手をフォーカスして見ていたんですが、やはり良いところで声が出ていましたし、しっかり状況が分かっているプレーができていたように見えました。
 そして、叱咤激励。お互いなかなか思い通りにプレーできず、そこにプラスして主審の基準がなかなかに極端なものだったことでストレスが溜まりやすい展開となり、ネガティブな方向というか、荒ぶる方向の感情はピッチのそこかしこで見て取れました。しかし、それを諌める声や違う方向へ持っていく声はほとんど聞こえてこず、お互いがお互いを励ます、鼓舞する、盛り上げるような声もほぼ皆無。それこそ、GKが黙ったらボールを蹴る音しか聞こえてこないと言ってもいいほど静かな時間帯すらあり、モヤモヤして見ていたのは私だけではなかったはずです。


 声を出せば試合に勝てるのであれば、全員が全員動物みたいに委細構わず吼え続けていればいいわけで、もちろんそんなことはあり得ないので「声が出ていなかったから負けた」と単純化するつもりは全くありません。けれど、声の持つ力、感情の持つ力をバカにできないことは、別にサッカーに関係なく、全ての人が、その人の人生の中で何度も感じてきたはずです。そんな思いを、とある文才家はものの見事に(しかも1年前に)文章にしたためていました。全文はリンク先をお読みいただくとして、中でも強調したい部分を以下のとおり引用します。

またある漫画では、この様な話があった。
全日本F3選手権の総合チャンピオンを決める独走態勢を敷いた主人公、ファイナルラップ最終コーナーに向かいながらこれまでの経緯を思い返す…
ただ運転するのが好きだった、それだけなのに、励ましてくれる仲間がいて、支えてくれるチームがいて。ピンチを救ってくれた人がいて、信じて導いてくれた人がいて。自分はこんなにも恵まれている。いろんな人のおかげでここまで来れた。幸せすぎて、彼らに全部なんて返しきれない…
そこで主人公が、以前教わったある言葉を思い出す。
『勝負に勝った者が何よりまずせなあかんことは…大よろこびすることや。お前のためやない、支えてくれたみんなのために』
ゴールに、そして勝利に、めいいっぱい喜んでみせるのは、支えたくれた人への報いになる。いつも試合を見守ってくれる大事な人へなのか、自分をサッカー選手へと育ててくれたクラブへなのか、共に戦う仲間へなのか。ガッツポーズの拳一つが、それが何よりの感謝のメッセージとなる。
(中略)
感情は、どんどん表に出すべきだろう。エゴの押し付けも、それが相手とのコミュニケーションを経ればエゴではなくなる。新しいものが生まれ、チームが、自分が強くなる。価値をもたらし、成果を生む。
だからこそ、もっとピッチ上で気持ちが見たい。もっと怒れるし、もっと楽しめる。もっともっと喜んだって、いいじゃないか。
大きな感情がピッチ上で炸裂することを願って。
喜怒哀楽を燃料に、燃やし尽くせ青赤魂。

 順序が逆になりますが、リンク先の文章は毎年こちらの方が中心となって企画している「FC東京ユースを勝手に応援企画」において、応援グッズとともに同封された文章でして、このグッズは企画に賛同したファンのみならず、選手・スタッフへも配られているので、今実際にプレーしている選手たちも目を通した記憶が残っているかもしれません。当時、私もこの文章を読ませてもらって「あぁ、良いこと書くねぇ」と思いましたが、約1年経って、今再びこの文章を読ませてもらうと、その重みや言葉の強さはより深く刺さってくるところがあります。甲府の選手たちが、試合終了と同時に雄叫びをあげ、試合後にファンや親御さんがいる観客席に向かって跳んで跳ねて駆け寄って、中にはファンと分厚いハイタッチを交わし、全身でこの勝利を喜んでいる姿を見せ付けられると、余計に沁みてきます。
 話し戻って、文中にはさらに「感情の発露これら全てが「行動」である以上、それは『スキル』と位置づけるべきであろう。する・しない以前に、出来る・出来ないが問われる『技術』だということ。」という一文があります。この観点から掘り下げると、今の東京の選手たちにはその「技術」が全く足りていない、という結論になります。では、なぜその技術を養っていけないのか?それは、概して言えばとある文才家が「疲労、恥ずかしさ、意味あるの?という疑問。遮るものはいくらでもある。」と書いたとおり。ただ、甲府戦を見て、今年の公式戦リザルトを見て、そこから更に数年間のマッチレビュー@オフィシャルを見て、今在籍している38選手一人ひとりについて考えてみた中で、ある2つの結論が思い浮かんできました。
 1つ目は「経験不足からくる」もの。甲府戦のスタメンを学年ごとに分けると、「3年:鴨池、輪笠、伊藤、川上、岸」「2年:伊東、大西、山岸、高橋」「1年:相原、安部」となります。一度ピッチに立ってしまえば学年とか関係なくやらないといけないわけですけど、それでも1年の相原、安部は今まさにU−18のスピード、スタミナ、フィジカルにアジャストしている最中で、当たり前ですが上級生に比べてこのレベルでの経験値は絶対的に不足しています。だから、通用するプレーは随所に見せつつも、90、100を出し続けなければついていけないわけです。そうすると、やはり周りに目を配っている余裕は生まれてこないですし、仮に周辺の状況が分かっていても、それを自分の中で咀嚼することが精一杯になり、周りへ伝えるところまで行き着かないシチュエーションになることが多いはず。ただ、これは誰もが通るべき道で、いわば「成長痛」のようなものなのであまり気にする必要がないですし、彼らに「声」を過度に求めるのは酷な面もあるでしょう。
 となると、おのずと上級生がその責を担わなければいけません。下級生の負担を軽くしてあげなければいけません。しかし、2年生はともかく(と言いながら、もう少しやってほしいけど)、3年生の中でこの技術を活かしてチームを引っ張れていた選手は怪我明けのため途中出場となった矢島ぐらい。腕章を巻いた鴨池、10番を背負う川上、最もチームを引っ張ってほしいこの2人は、割とおとなしいまま試合を終えてしまった印象を受けました。試合後、会話の中でとある方から「何で声が出ないんでしょうね?」という問いがでました。その時、私は即答できず「何でしょうねぇ」とお茶を濁して終わったんですが、その答えを自分なりに巡りめぐって考えてみたもう一つの結論が「成功体験の不足」でした。


 長くU−18を追いかけてこられた方は私に言われずともご存知かと思いますが、東京U−18には(平たく言えば)「黄金期」がありました。それが、07後半〜10年。当時のプリンスリーグ関東で3連覇(しかも、09、10年は無敗)を果たし、08年にはクラ選優勝、09年はJユースカップ優勝、10年は当時の高円宮杯とJユースカップ準優勝を飾るなど、3大タイトルで常に優勝候補として耳目を引く存在でした。また、07年、08年の3年生は様々な進路を経て、現在それぞれ8名がJリーガーとしてプレーしており、09年の3年生からは重松、阿部、平出がトップ昇格。10年の3年生でも武藤が昨季特別強化指定選手として登録されるなど、個人の力量も兼ね備えていた時代でした。しかし、11年は満を持して参加したプレミアリーグで9位に終わり降格し、クラ選、Jユースカップも決勝トーナメント進出を逃すと、12年もプリンスリーグ2位で昇格プレーオフの出場を逃し、クラ選はベスト16、Jユースカップは2年連続グループリーグ敗退の憂き目に遭いました。そして今年も、冒頭で書いたとおりここまで無失点で終えられた試合がなく、各大会で突き抜けきれない現状を送っています。で、今の3年生は11年に1年生としてU−18へ入ってきたわけです。もちろん、彼らが日々を送っていく中で、成功体験がなかったわけではありません。例えば、昨年のプリンスリーグは2位に終わりましたが13勝1分4敗、51得点24失点と大いに胸を張っていい成績で、最終節の残り数分まで大逆転優勝の芽を残していたわけですし、積み重ねた13勝の中で得た自信、確信はいろいろとあったでしょうから。だけど、厳しい見方をすれば優勝という最高の成功体験はできなかったわけです。そして、10年の3大会、11年のクラ選、Jユースカップではなかなか勝ちを拾えず、厳しい試合、苦しい試合、悔しい試合、コテンパンにやられた試合が積み重なる日々を送りました。
 かつて、「涙の数だけ強くなれるよ」という歌い出しのヒットソングがあり、今でも応援歌の定番の1つとして耳にすることがあります。もちろん、この言葉は真実であり、涙や悔しさ、失敗が明日への糧となって成長できることはたくさんあるでしょう。だけど、涙や悔しさ、失敗で成長できるキャパシティーには限界もあって、いつもそればかりでは前を向くことができなくなってしまうことも事実としてあります。練習や試合で成功体験を積み重ねていく中で、それらが「スパイス」となるぐらいがちょうどいいはずなのに、今の3年生はそのバランスが良くなくて、ともすれば「成功体験≦涙や悔しさ、失敗」になってしまったのではないか?と、過去のリザルトを見ながら思ってしまいました。そんな過去の積み重ねにより、一つひとつの判断、選択、決断について自信を持てなくなったり、劣勢を強いられた時に「またか…」という思いが(例え意識していなくても)過ぎってプレーに迷いが出たり、苦しい時に周りを見る余裕が生まれなかったり。だから、何気ない一言や意図した声が出てきづらい現在を生んでしまっている。そう結論を見出しました。


 じゃあ、今の3年生はこのままで終わるのか?2年生はそれに引きずられてしまうのか?私はそう思いません。いいパスを出せた、いいシュートが打てた、いいヘディングを放てた。いいドリブルができた、上手いポジショニングが取れた、巧みなフリーランを見せられた。素早いターンができた、セットプレーが決まった、息の合ったコンビネーションで崩せた。鋭いタックルを放てた、上手くインターセプトできた、力強く跳ね返せた。きっちりプレッシャーに行けた、冷静にコースを切れた、上手く周りと連動してボールを奪えた。味方に適切なコーチングができた、苦しい時に鼓舞する声を出せた、練習の時から喜怒哀楽を臆せず発露できた。ここからまた、日々の練習で高い意識を持ちながら、集中して頭を働かせながら、常に試合を意識しながら1つひとつのプレーを大事にし、思い通りにできた時の「小さな成功体験」を積み重ねていくことで、自信は必ず芽生えます。迷いは必ず吹っ切れます。余裕は必ず生まれます。引いてはそれが声に繋がり、好プレーにつながり、楽しさに繋がります、絶対に。
 件のクラ選は、残り2試合の組み合わせを踏まえると2位通過*1の可能性はほぼゼロになったと言っていいでしょう。しかし、町田ユース、鹿島ユースに連勝すれば、自力で3位*2をもぎ取ることができます(厳密に言えば得失点差が絡む可能性もありますが)。プリンスリーグも、今季は3位まで入ればプレミアリーグ参入決定トーナメントへ進むことができ、これからの戦い方でいくらでも上を目指すことができます。逆にT3リーグは、リーグ再編の流れを受けて今季優勝してもT2への昇格がなく、T3残留か新設されるT4へ編入のどちらかになりますが、そもそもの趣旨として東京U−18にとってのT3リーグは、3大タイトルだけでは公式戦での経験をつめない選手たちのチャレンジの場。勝ち負けはともかくとして、1つでも多く納得できるプレーを積み重ねて、どれだけ成功体験を増やしていってほしいと思います。
 もう、過去は消せません。また、現在が苦しいのも事実です。ただ、未来はいくらでも変えられます。未来を創るのは自分たちです。だったら、やるしかないよね。やってやろうじゃないか、だよね。


P.S キイチ、おめでとう!ショーヘイ、カモともども、自分をフルに出し切って経験積んで帰ってこいや!

*1:=即全国の切符ゲット

*2:=関東9枠の最後を決める9位決定トーナメント進出