続々々・メガネのつぶやき

主にFC東京、サッカー、当たらない競馬予想の3本立て。思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

今だからこそ

 日本で唯一の海外サッカー専門週刊誌「footballista」。毎週毎週楽しく読ませてもらっていますが、先週の木村浩嗣編集長巻頭コラム、そして、今週のある特集とパコ・へメス氏のインタビューは、個人的に今年イチとも言えるものでした。それらを一部引用させていただきながら、今季残り2試合となった東京に上手く話をつなげられれば。…えぇ、プロットとか大体こう進めたいとかなく、ほぼノープランでスタートです(えー


 先週の木村編集長コラムのタイトルは「正しき良き時代の蛮勇者」。11/7に行われたUEFAチャンピオンズリーグセルティックバルセロナを話の発端にし、最終的には翌週(つまり今週ね)発売される号での自身がインタビューしたパコ・へメスの話へとつなげる内容でした。
 もう少し詳しく。このセルティックバルセロナ戦は見た方もいらっしゃると思いますが、セルティックがホームで2−1とバルセロナ相手に歴史的な勝利を飾り、その内容も

72%も持たれたボールの後ろを走らされながら我慢し、セットプレーと相手のミスに乗じて勝つ。「これぞサッカー」というか「サッカーにはこんなことがあるのか」という

 試合。ロッド・スチュワートが試合後に涙をこぼすほどセルティックファンにはたまらない試合でしたが、バルセロナ側とすれば、いわゆる「負けるならこのパターン」な試合。今までであれば、バルセロナの選手や関係や、あるいはバルセロナ寄りのメディアから「アンチフットボール」だの「美しく負けた」といった負け惜しみとレッテル貼りが出てきたものですが、今回の試合後は、

ビラノバの試合後のコメントも立派だった。「相手チームを非難するものは何もない」(中略)。今回のセルティックに対しスペインメディアの視線は好意的で、この国のサッカー観が寛容になりつつあることがわかる。

 とちょっと様子が違ったようで。そのことを踏まえ、木村編集長は1つ持論を出します。

美しく勝利すべきなのは、その手段を持ち合わせているバルセロナレアル・マドリーなど、ごく一部のビッグクラブだけ。プロサッカーは勝ってナンボ。弱者がなりふり構わず強者に立ち向かっていく姿は美しくないかもしれないが、尊い。

 私も、この持論に近い考えです。ただ、そこには「欧州サッカーを見る際には」という枕がつきます。そして、自分により近い日本国内のサッカーを見るとき、育成年代の試合を見るとき、J2を見るとき、J1を見るとき、何より、愛するFC東京を追いかけているとき、この論には多少の違和感が生じます。
 日本には、いわゆる「ビッグクラブ」がありません。もちろん、クラブによって使えるお金に違いはありますが、じゃあ持っているクラブが「美しいサッカー」を遂行できる手段をきっちり持ち得ているのか?あるいは「美しいサッカー」を追い求めてきたか?と問われると、文句なしにイエスとは言えないでしょう。また、20年の歴史の中で「勝ってナンボ」を地で行くクラブは確実にいくつかありました。いまもらしくやっているクラブはありますが、あるクラブはファンが「勝ってナンボ」をある意味否定し、クラブ側がその思いに負ける形で舵を切る選択をするも全くうまくいかずに瀕死の状態にあえぐ…ということもありました。そして何より、(ビッグクラブの部分と重なりますが)「強者」と「弱者」の差が、他国のリーグと比べて明確ではありません。カテゴリーが違うJ1とJ2ですらその線引きが明確ではないことは昨季の天皇杯が1つの証左だと言えますし、もっと身近に例えれば、自分が応援するチーム以外に「あぁ、ここに負けるのは仕方ないね。」と思えるチーム、ありますか?ってお話。そりゃ、「地域密着」と「健全経営(経営開示)」を設立当初から20年間言い続けてきたJリーグの着地点が「世界でも類を見ないほどの戦力拮抗リーグ」になることはある意味では必然なことですし、そのことでもたらされるある種のカオス感は、リーグ戦の魅力の1つにまで昇華した印象もありますが、そのことが「ちょっとヘマしたら、一気に転落の道に…」という恐怖心から必要以上に縮こまってチャレンジする気概が失われる、あるいは変な話「負けていい相手がいない」ことで、どうしても負けない戦い方に走ってしまう傾向がある。そういった、Jとしての歴史を積んできたからこその疑問、自問が出てきている現状も否定できません。
 木村編集長のコラムに戻りますが、1つ前の引用部分には続きがあります。

バルセロナの美と勝利の哲学はこの敗戦で揺らぐほどやわではなく、セルティックの監督と選手は歴史的な勝利をもたらしたファイティングスピリッツを誇りに思う――これが正解だ。

 つまり、積み重ねてきた歴史と現在の状況を踏まえれば、この試合で互いのチームが出し合ったスタイル、意思はどちらが良い悪いではなくどちらも正しい、そう結論付けています。しかし…というところで出てくるのがパコ・へメス。彼が何者か?と問われてスラスラ答えられる日本人は相当なリーガファンだと思いますが(私もほぼ知らなった)、正体はスペイン1部ラージョ・バジェカーノの現監督で、選手時代は90年代後半の「スーペル・デポル(デポルティーボラコルーニャ)」)で屈強なCBとして名を馳せ、スペイン代表としても21キャップあったとのこと。で、なぜ木村編集長が直々にパコ・へメスのインタビューを敢行したかというと、件のセルティックバルセロナ戦に対して、パコ・へメスが「セルティックのプランを採用できなくもないが、恥ずかしくてファンに合わせる顔がない」と断言し(その真意は「(セルティックのプランを自分がやったら)必ず負けるから。だが、我々のやり方なら勝機はある」という先のコメントに続く部分にあることは木村編集長も付け加えて書いているのであしからず)、

パコ・へメスのことは、8月末にベティス戦を見た時から注目していた。ラージョ・バジェカーノというスモールクラブにありながら3バックを操って勇敢に戦うという、男気なのか蛮勇なのかを見せてくれている

 から。続けて、

“負けるにしても負け方がある”というその精神は、勝つだけではなく美しさを求める、いわば“勝つにしても勝ち方がある”というバルセロナのそれよりも、一歩先を行っていると思う。なぜなら、美を求めてそれが叶えられなくともバルセロナなら勝てるが、美を求めるラージョ・バジェカーノに待っているのは、多くの場合、惨敗であったりするからだ。(中略)セルティックの戦い方がやっとスペインでも評価されるようになってきた時代に、こういうリーガの古き(良き?)香りを漂わせている男がいる。時代に消されてしまわない今のうちに、話を聞いておくべきだろう。

 と感じたからだそうです。私はこのコラムを見て、このインタビューを相当楽しみにしていました。それは、今FC東京を率いるランコ・ポポヴィッチが、パコ・へメスと全く同じ…とまでは言いませんが、似たような哲学、メンタリティーを口にしていて、それを実行に移そうと今季悪戦苦闘している姿を見ているから。そして、正直結果がついてこなくて、フラストレーションやモヤモヤが晴れない後半戦において、それでもその考えについていくべきなのか?自分はどうあるべきか?そのヒントを得られるのではないか?そう思ったからです。


 ラージョ・バジェカーノの現状を、インタビュー前段で木村編集長はこう紹介しています。

3バック採用の理由はいろいろあるが、その多くは戦術論で、パコ・ヘメスのように、勇敢さを見せるため、ファンに楽しんでもらうためという、ハートに訴えかけるものは少ないだろう。リーガ最貧のラージョ・バジェカーノで、裕福ではないホームタウンに住む人々の方を向きながら、あえて攻撃的なサッカーを仕掛ける。普通はそれでは結果が出ない。が、第11節を追えて7位は、欧州カップ戦の一歩手前だ。大敗を気にせず、クビを恐れずの風雲児が、今リーガをかき回している。

 ご覧のとおり、FC東京とラージョ・バジェカーノがそれぞれのリーグで置かれた立場、クラブの規模、立ち位置は大きく異なります。そこは多少考慮すべき事情なのかもしれませんが、冒頭2つのQ&Aを見れば、哲学は同じだとわかっていただけるでしょう。

Q:ずばり聞きます。なぜ3バックなんでしょう?
A:相手や試合展開やうちの選手の事情もあるから、常に3バックでプレーするわけではないが、そもそものアイデアとしては、我々がボールポゼッションを目指しているからだ(以下略)。

Q:第1の目的はポゼッションなんですね。
A:そうだ。後ろを減らせば、中盤から前で数的優位を作ることが出来る。それを利用しボールを持ち、相手にダメージを与えると同時に、ボールを失った時はプレスに加わる人数が1人増えることになる。相手がロングボールで攻撃してこない限り、我々がボールを回復する可能性は高くなる。それが相手ゴール前だと大きなチャンスになる。

 今季の東京をしっかり見ている方なら同意していただけると思いますが、ポポヴィッチ監督が志向するのはまさにこれ。第1の目的はポゼッション。しっかりボールを持ち、能動的に動かし、相手の穴を狙いながら進んでいってゴールを目指す。失ったとしても、ハイラインハイプレスを敢行し、できる限り高い位置で奪って再度攻撃に入る。それを繰り返し、相手を内容でもスコアでも上回って勝利する。それを目指して日々を過ごしていることは間違いないでしょう。また、こんなやり取りから透けて見えるメンタリティ―も似てるなぁと。

Q:7位ですが16得点で25失点です。
A:まとめて取られた。(A・マドリー、バジャドリー、エスパニョール、バルセロナの)4試合で18失点だ。(中略)他の試合が締まっていれば大量失点は気にしない。大敗しても1点差負けでも勝ち点ゼロは同じだ。

Q:失点を押さえて最悪でも勝ち点1狙いという監督もいますが…
A:いや、我々は常に勝ち点3を取りに行く。結果として、勝ち点1で満足して家に帰ることもある。だが、我々は勝ちに行き、良いプレーをすることを目指す。失点が少なく守備のいいチームは私だって大好きだ。だけどこうも考える。我々は知名度が低い、質素な労働者の集まりだからこそ、Rマドリーやバルサよりもっとリスクを冒さなくてはならない。なぜなら、彼らはどんなプレーからでも得点できるが、我々は好機をたくさん作る必要があり、そのためにリスクを背負わなければならないからだ。失点が多くなるのも仕方ない。

Q:1−0よりも4−3を選ぶということですか?
A:状況にもよる。無失点は常に自信につながるからね。だが、セルタ戦のような勝利の仕方、3−2で勝つのは1−0よりもずっと良い。プレースタイルの魅力、後半の3得点での逆転…

Q:つまり、あなたはスペクタクルを求めている?
A:その通り!ちょっと求め過ぎだが(笑)。最近、監督は地位を守ることで頭が一杯で、ファンのことをあまり考えなくなっている。もちろん、それも大事だ。良いプレーをしても勝てなければクビを切られ、結果を出せば見栄えの良いサッカーでなくファンにソッポを向かれても、地位は安泰だ。だが、私はこう考える。人が年間会員費やチケット代を払ってスタジアムに来るのは、楽しむためだ。我われ監督は彼らを楽しませる責任を持っていると思うんだ。私はそれで自分の地位を危うくしようが、結果主義者ではない。選手は良いプレーをして勝つべきだし、バジェーカス(ホームタウン)の人々がスタジアムに戻って来たいと感じる試合をしたい。人は単なる勝利以上のものを与えられるべきなのだ。魅力的なプレー、スペクタクル、スタジアムに行きたくなる気持ち…。ファンに「こんなプレーが好きだ」「こんなチームを見たかった」と言わせたい。つまらないと言われる映画をだれが見に行くものか。

 1つ目のやりとりは、守備も大事だよ!的な見方をすることも多い私にはなかなか相容れない部分もありますが(苦笑)、でも言っていることは間違っていませんし、「0−1も0−5も負けは負け。だけど、やり方を貫いた0−5は、やり方を曲げた0−1よりも美しいし、よっぽど胸を張れるよ」という言外も汲み取れるのかなと。その後の3つはまさに似た者同士。「常に勝ち点3を取りに行く」「勝ちに行き、良いプレーをすることを目指す」「選手は良いプレーをして勝つべき」「スペクタクルを求める」、どっかで聞いたことある話だ〜(by 奥田民夫)ってなもんで。その中でも、特に私がハッとしたのは「彼ら(Rマドリーやバルサ)はどんなプレーからでも得点できるが、我々は好機をたくさん作る必要があり、そのためにリスクを背負なわなければならない」という部分。リスクってなんやねん!という点はいろいろ議論の余地があると思いますが今回そこは置いといて、1−0より4−3を求めるならば、下手な鉄砲でも数を打たないとダメなんですよね。ここ5試合、相手よりシュート数が少なかった試合は鹿島戦のみですが、シュート総数は現在リーグ8位タイの349本。打っているようで打てていない印象もありますし、ここ3試合で見てもエリア内からのシュート、枠内シュートは何本あった?と言われれば、恥ずかしくてちょっと答えたくないレベル(それだけ少ないということ)。これはもう選手の質の問題とも言えますが…ね。それで、この流れの締めはこんなやり取り。

Q:勇敢に。それがあなたの哲学ですか?
A:そう。選手時代からだ。何かを得るチームというのは、勇敢でリスクを負うものだ。いつも選手には言うんだ。「失敗する選手の方が、挑戦しない選手よりも好きだ」と。挑戦しなければ良い結果は出ない。何度か失敗してもいい結果は必ず出る。私がこのクラブに呼ばれたのは、選手をこう納得させるためでもある。良くも悪くも、我われはラージョ・バジェカーノでリーガ最小のクラブだ。だが、誇りと勇敢さと夢では我われに勝るものはいない。バルサやRマドリーは金があり、クオリティがあるから試合には勝つだろう。だが、勇敢さ、やる気、犠牲精神、努力では我われに勝てない。

 書き忘れましたが、パコ・ヘメスは今季からラージョに招聘されました。つまり、チームを率いてまだわずか5か月程度。それでいて、すでにこれだけのことを、自信をもって断言できています。「勇敢さやハングリー精神は貧しさや持たざる者から生まれる」とはよく言われる話で、ラージョはそんな立場だからそうするしかないんでしょ、と切って捨てるのは簡単ですが、私はそう思いません。時として、持たざる者は諦めや僻みから小さく縮こまり、何かを棄ててしまうことがあります。それは、格差が大きければ大きいほどそうなりやすく、ラージョにいる限り、タイトルをつかむことは夢のまた夢のまた夢であることが現実としてあります。だからこそ、そんな気持ちりになりがちな選手たちを鼓舞して、納得させて、前を向かせて、勇敢に戦わせることは、決して簡単なことではありません。
 東京に置き換えてもこう言えませんか。昨季J2で反則級と言われる強大な選手層を持ち、1年でのJ1昇格と優勝はマストだと外野から散々言われる中で2012年1月1日に1つの物語の結末を笑顔で迎えられたのは、何とか東京を倒してやろうという他のチームの熱意と策略にハマって沈みかける時期がありながら、大熊監督が終始一貫「本質」という言葉で選手たちを鼓舞し、戦わないと負ける、目の前の1対1をサボってしまっては足を掬われることを諭し続け、選手たちがそれに応えてこちらが熱くなる戦いをしてくれたからだと。立場なんて関係ないんです。持ってるか持ってないかなんて関係ないんです。そして、理想を語るだけではないことをプレーで示すことが大事なんです。先週の神戸戦は結果的に「戦い」となりましたが、そこで負けてしまったことで、小さくないショックを受けました。あのピッチでも、前半ボールを大事にする意識を高く持ち、繋げるところはしっかり繋ぐ上手さは見て取れました。そこは、1年続けてきた成果だと胸を張りたいです。でも、それと引き換えに失ってしまったものもあるのではないのか?と夏過ぎから薄々感じていたことが、結果として正直に出てしまったことは、すごく悲しかったなと。


 今が6月とか7月なら、ここから今週のfootballsita特集に倣い、3バックと4バックに話をつなげたいところですが、今季の東京は残り2試合のみ(なので、それは今季の総括を含めてシーズン後に書ければ)。また、こんな思想を持っているパコ・ヘメスが、様々な事情はあれどコーチングキャリア6年ですでに6クラブを指揮していることが何を示しているのか?そして、ポポヴィッチ監督にどうつながるのか?そこを掘り下げても面白いかなと思いましたが、それもまたの機会に譲るとして、とにかく現状は上もなければ下もない順位におり、言ってしまえば勝ち負けなんてどうでもいいレベル(賞金欲しいから勝ってほしいけど)。今こそ原点回帰して、スペクタクルを、自分たちごり押しサッカーを、内容を、勇敢さを見せてほしいなぁと。今季、FC東京というクラブがいろいろな体験をした中で、何も得ていないわけがありません。でも、「終わり方」を誤ると、一般的にはせっかくの積み上げを見てもらえず、後味の悪さしか残りませんから。やってやろうぜ、今だからこそ。