続々々・メガネのつぶやき

主にFC東京、サッカー、当たらない競馬予想の3本立て。思ったことを、思ったなりに、思っただけ。

自覚「させる」、納得「させる」

 中断期間が明け、(ナビスコで残っているチームもありますが)ほぼ同じスケジュールとなり、夏の移籍ウインドーが開いて補強などを施し、この暑い、熱い夏を上手く乗り切って秋の優勝争い、残留争いで優位に立とうと各チームが総力を発揮することが求められる時期となりましたが、東京は中断明け2勝5敗、6得点10失点と貯金を積み重ねられず、その試合内容も非常に厳しいものが多く、見事に泥沼にはまってしまいました。


 泥沼にはまってしまった理由は何か?それは「パスサッカーの停滞」と「Zweikampf」が挙げられると考えます。7/30発売のエルゴラッソ内に掲載されていた担当記者のコラムを引用させていただきますが、

 現在のFC東京のパスサッカーは、石川の言う「どっちつかず」という表現がピッタリだ。序盤戦は、昨季までに培ったポゼッションサッカーランコ・ポポヴィッチ監督が新たに肉付けした“高速パスサッカー”でJリーグに鮮烈な印象を与えることができていた。(中略)だが、ここ数試合はスピード感もなければ、脅威もない。相手のDFの前でボールをまわしている試合が多く目に付く。(中略)リスクを避ける上でも、体力を消耗する夏場をしのぐ上でも、最近は昨年のようにじっくりとパスを繋ぐことも取り入れているのだが、すると今度は縦へのスピード感がなくなる。縦にどのタイミングで仕掛けるのか、どの時間帯でボールをじっくり回しながら攻撃するのか、中途半端

 な状態。戦える状態になかった横浜戦はアレとして、続くC大阪戦からG大阪戦までは、勝ち負けは五分ながら内容は悪くなかったと思いますが、鳥栖戦、新潟戦はまさにこの「相手のブロックの前」でしかボールを回せず、ボールを引き出す動きも乏しく、全体的な運動量も相手に上回られ、相手守備陣とすれば狙いやすいことこの上ない攻撃しかできていないと言えるでしょう。
 その上で、石川は「どっちも高いレベルでできるようになった時には、結果も出るし、面白いサッカーになると思う。いまは、そういう(模索している)時期かもしれない」とコメントしました。このバランスをいかに上手く取るのか?という点は、今年の東京が志向するスタイルを突き詰める上では絶対に避けては通れない道。風間監督が就任し、縦に早いサッカーからパスサッカーへとスタイルの転換を図っている川崎も、風間監督就任当初はらしい打ち合いが続きながら、第15〜18節はなんと4試合連続無得点という状況に陥りました。これについて、解説者の野々村芳和さんが複数の媒体で「就任当初は縦への速さを残しつつパスサッカーを標榜することで、点は取るけど取られるという試合が続いた。しかし、徐々に風間監督の狙いがチームに落としこまれる中、「ボールを持ち続けることで守備の時間を減らす」という意識が「失いたくない」ことに振れすぎて、失点も減るが得点も減る状態となっているのではないか。だが、これはスタイルの転換を図る上で起こりうることで、これでブレるべきではないし、風間監督はブレないだろう」というような趣旨のコラムを書いていた記憶があります。今の東京も、ここまで紹介してきたいくつかの要因を踏まえれば、まさに「産みの苦しみ」の真っ只中にいるのかもしれません。
 もちろん、苦しみの最中とはいえ、このままダラダラやっていいわけがありません。ただ、チームは次なる手を施そうとはしています。その一端を垣間見たのが7月27日。諸事情あってお休みとなったこの日、炎天下の中ではありましたが小平へ練習を見に行ってきました。その中で、ハーフコートでのシステム練習があったのですが、そこでの主な指示が「サイドをしっかり見る」「サイドチェンジを意識する」「相手をサイドに寄せておきながら、逆サイドのアタッカーが斜めに走って最終ラインの裏に抜け、そこを見逃さない」の3点でした。今までの“高速パスサッカー”であれば、いかに縦にボールを早く入れられるか?その縦パスに周りが複数人いかに上手く反応できるか?が主体となるプレー選択でしたが、基準点となるルーカスをとにかくつぶすことや、ボランチに積極的にプレスをかけて前を向かせない、パスコースを見つけさせないといった守備の対応策を相手に取られ始め、中途半端に前がかりになったところで奪われて速攻を浴びるシーンが増えていきました。その打開策として、上でも引用したとおり再度じっくりとパスを回すことを意識し始め、ゆっくりと丁寧に繋いで漸進し、比較的狭いエリアに相手の意識を寄せたところでダイナミックな展開を1つ入れて局面を変える、という目的をもった練習メニューだったと理解しています。私もこの考え方は「パス回しにエネルギーをほとんど要しない」「長い展開を見せることで、短い展開も活きる」という点で理に適っていると思うのでどんどん突き詰めてほしいところ。
 ただ、残念だったのが練習でも試合でもそれをやりきれなかった点。練習ではなかなかポポヴィッチ監督の意図と選手の動きが噛み合わず、何度か止めて監督が直接動きを見せて指導したり、何人かの選手には厳しい口調で「何故できないんだ!」とカミナリを落としていて、にもかかわらず、そのシステム練習はさほど長い時間行わずになんとなく呆気なく終わってしまった印象。時間配分としてはそのあとのセットプレー練習の方に重点を置いていた感じでしたが、私は「もうちょっとやればいいのに」と率直に思ってしまいました。試合でも、あえて速さを自制して回すことを練習でやっていたわけで、個人的には「パス回しのためのパス」でいいし、見せ掛けのボール支配率上昇であってもいいし、スタンドから「もっと前へ運べよ!」という類の野次や不満が飛んできてもお構いなしに、もっとのらりくらりやってよかったと思っていますが、実際には自分たちで焦れてしまって難しいパス、精度を欠くプレー、噛み合わない動きが目立つ試合展開に終始してしまった感じですし、前半15分に生まれた「サイドで作って最後アーリアからナオへ出たスルーパス」のシーンがこの試合の狙いでしたが、それが出たのもたった1回だけ。選手のコメントからは、

前半をベンチから見ていると、少し前に急ぐ場面が多かったので、試合に入ったときは落ち着かせるところを意識してプレーしました。(梶山)
サイドからのクサビを入れたかったが、角度も厳しかった。ブロックから先で怖さのある攻撃は出せなかった。相手は先制して引くのは当然だし、もっと速いサイドチェンジを有効に使えば、もっと中央もゆるくなるのでそこを生かしていきたい。(椋原)
どこでスピードを上げていくのかというイメージの共有がまだ足りない。サイドバックから入れてどこでアクションを起こすのかとか、誰かが引いて裏を狙うとかの動きの連動性は課題だと思う。(石川)
縦パスを狙うところと、落ち着かせるところの判断をしっかりとしなければいけないと思う。(アーリア)

 と、練習でやっていたことを出せなかったようなコメントが出ていましたが、練習で煮詰めることができていないものを試合で出せるはずはなく、ある意味では「必然性のある負け方」だったと言えるかもしれません。しかし、繰り返しになりますがこの考え方は決して間違っていないと思いますし、夏場を乗り切るためには欠かせないと思っているので、練習で繰り返し意思疎通を図って、1つの形に仕上げてほしいと願うところです。


 もう1点の「Zweikampf」について。「ツヴァイカンプ」と読むドイツ語で、意味は「1対1」。まあ、言葉についてはクソカッコつけただけですが(笑)、もしこの日自分がブーイングするならば(実際はしなかったけど)、その理由は停滞する攻撃ではなく間違いなくこちらの方だったでしょう。とにかく1対1で抜けなかった。1対1で振り切られた。1対1で勝てなかった。東京の攻撃対新潟の守備で言えば、三門、本間のダブルボランチを中心としたMFラインでの勝負で完全に屈し、時折そこを突破できても大井、石川のフィジカルコンタクトや菊池、村上のカバーリングを凌駕することができず、決定機は相手の凡ミスによるおこぼれだったエジミウソンのシュート1本だけ。逆の新潟の攻撃対東京の守備で見ても、ミシェウのキープ力&パスセンス、ブルーノ・ロペスのフィジカル&裏への抜け出しをほぼ自由に許してしまい、そこに気を寄せられたことにより田中、藤田の両サイドハーフの斜めに入ってくる動きや、三門、本間のオーバーラップに対して誰も寄せられず、当たれず、止められず。最後方から試合を俯瞰で眺められる塩田が「今日は『個』の部分で負けてしまっていたところもある」とコメントしていたことが、全てを物語っていると言ってもいいでしょう。思えば鳥栖戦の敗戦も、相手の豊富な運動量、激しいチャレンジ、尽きない戦闘意思に個々が屈してしまう場面の積み重ねが招いたものだと言えるのかなと。
 もちろん、新潟戦に限れば週中にナビスコカップがあり、中2日しかなかったことは事実としてあります。第19節、ナビスコカップを戦ったチームで勝ち名乗りを上げることができたのは柏だた1つで、それも相手が同じナビスコ生き残りだったC大阪だったことが、何も示唆していないとは言えないでしょう。選手は口々に「中2日は関係ない」という目線でコメントを残しました。しかし、先に足が止まったのは東京で、身体のぶつけ合いで負け続けたのは東京で、戦う意思を出せなかったのは東京で、「Zweikampf」で敗れ続けることで時間を追うごとに可能性がしぼんていく様を見せられて、もやもやした思い、それを超えて怒りを覚える、それはごく自然な感情だと思います。


 そんな試合後のポポヴィッチ監督のコメントは、以下のようなものでした。

 ホームで0対2という結果で気分は良くない。相手のファーストシュートで1点目を奪われたこともあるが、試合の入り方もナーバスになってしまった。それについては選手と話さなければいけない。我慢強く、粘り強く戦うことが必要だが、今日に関しては自信も無かったように見受けられた。単に相手の方がキレも運動量もあった。しかしそれを許してはいけないし、言い訳にしてはいけない。
 どんな試合であっても、運動量、メンタル、球際の強さで上回れるようなチームにしていきたいという思いがある。ケガ人がいて、選手をローテーションできないことも確かだが、それでも動きの部分で自分たちがどうするべきだったのかということを考えたい。勝てた時はどうだったのか。それに比べて今日は何が足りなくて、やるべきことは何だったのか、と。勝っていた時に自分たちがどのような姿勢で、何をしていたのかを思い返して取り戻し、戦っていくことが必要だと思う。

 今までも当ブログでは、ポポヴィッチ監督の采配等に疑問をぶつけることはありました。しかし、そこに怒りとか不満といった要素は少なく、単純に「良くなりたいためには?」という前向きな思いから意見を出してきたつもりです。しかし、今回ばかりはちょっとイラッとしてしまったというか、「いやいや、それはちがうでしょ」という思いの方が強く出てしまいました。
 まず、「試合の入り方もナーバスになってしまった。それについては選手と話さなければいけない」というところ。確かに、立ち上がりからお互い「シンプルに最終ライン(の裏)へ」という意図のロングボールが続き、そのファーストプレーがあわや!というシーンになり、なんだかバタバタした入りになってしまいました。しかし、新潟がこういった攻撃を仕掛けてくることは十分想定しうるもの。金曜の練習で相手を想定していたシーンは何一つ見えなかった中、その情報がなかったために守備陣がナーバスになってしまったのであれば、選手はあまりにも繊細すぎるし、監督もリスクマネジメントできていないという謗りは免れないところでしょう。「今日に関しては自信も無かったように見受けられた」というコメントも、結局は中2日しかない中で、この試合どこを強調して攻め、どこを最低限破られないよう守るのかを植えつけきれなかったことが原因の一つなわけで、そこを言い訳のように使われてもね…と。そして、なにより腹が立ったのが、「どんな試合であっても、運動量、メンタル、球際の強さで上回れるようなチームにしていきたいという思いがある。ケガ人がいて、選手をローテーションできないことも確かだが、それでも動きの部分で自分たちがどうするべきだったのかということを考えたい」という部分。上でも書いたとおり、この試合ではこの3つのポイント全てで相手を下回ったことは確かで、そこを改めて強調することは全くおかしくないことですが、その次の「ケガ人がいて…」の部分には真っ向異を唱えたいなと。
 これまた金曜日の話になりますが、件のシステム練習が始まってものの数分後、スタメン組がビルドアップに失敗し、サブ組の攻撃に切り替わり、中盤から最終ラインの裏へボールが出てサブ組のFWを加賀が緩く追いかけたところでポポヴィッチ監督に突然スイッチが入り、「加賀!お前今相手がボールを持ってから守備しようとしただろう!そうじゃない、やらせないように守備するんだよ!」とものすごい剣幕で怒鳴りつけ、その後数回プレーして給水を挟んだ後に、加賀をサブ組に落とし、丸山をスタメン組に入れて再開しました。確かに、怒鳴られた加賀のプレーは言われても仕方ないものだったと思います。しかし、加賀はサブ組に移ってからも動きは低調で、明らかにいい頃の状態にないように移りました。実際試合でも、開始早々に塩田のジャンピングニーをいい角度でもらってしまった点はありましたが、誰よりも先に足が止まり、ひざに手をつき、森重のラインコントロールに反応できないシーンさえあったほど。結局、後半開始早々にも1つ目測を誤って裏に抜けられるシーンを演出してしまったところで梶山との交代でピッチを去ることとなりましたが、その際、ポポヴィッチ監督はここまで必ずと言っていいほど行っていた交代選手との握手を、加賀とはしませんでした。もちろん、加賀本人が一番悔しいはずで、自分のプレーに納得していないはずで、ベンチに腰を下ろした直後、頭を垂れてうなだれていました。しかし、金曜の練習で加賀のプレーに納得できず、躊躇なく丸山をスタメン組に入れる決断ができるのであれば、何故この試合でも頭から使うという選択に至らなかったのか?最終ラインの守備がハイラインで、後ろのスペースを埋めるために「走れる」選手でなければ厳しい中で、その判断基準がどこにあるかは分かりませんが「ケガ人がいて、選手をローテーションできない」と線引きをするのではなく、年齢や実績に関係なく「動ける」選手をローテーションして使うという選択肢があってもいいのでないでしょうか?センチメンタルかもしれませんが、この言い草はあまりにも若手に失礼な物言いだと感じてしまいました。
 さらに、この試合ではもう1人、高橋もいいプレーをしていたとは言えませんでした。アーリアが比較的縦横無尽に動いたのに対し、もう1人のボランチとしてバランスを取るために攻撃面で自重したことは全く問題ないと思いますが、守備面ではミシェウに揺さぶられ続けて自分の持ち場を空けてしまうこと多数。けれど、食いつきにいって取れていたわけでもなく、そのスペースを新潟に謳歌されてしまいましたし、1失点目ではもっと強く三門に当たれたんじゃないか?と思っています。ただ、高橋も疲れていました。スカパーで録画したものを見たら、スタートから表情に冴えがなく、前半途中でアップになった際の立ち姿・表情からは生気というものが全く感じられないと言っても過言ではないほど、クタクタになっていました。そんな高橋も、私の目には金曜日の練習で「芳しくないなぁ…」という風に映っていて、守備側としてシステム練習をしていたサブ組の米本、梶山が「お、いい感じじゃない」と思わせたのに対し、高橋は簡単なパスミスが目立ち、コーチ陣からも「秀人、ポジション取れ!」と何度か注意を受けるなど精彩を欠く印象を受けていました。そう考えれば、このパフォーマンスしか出せなかったことを無神経に責めることはできません。
 だからといってこのパフォーマンスを許容することもできません。こんなコンディションの選手ばかりがピッチになって勝てる試合なんてあるわけないんですから。じゃあ、どうするべきなのか?その1つの答えとして私が思うのは、「監督が気づいて、自覚させ、納得させる」こと。選手個々がどう思い、どういうコンディションにあるのかは千差万別。ただ、1つだけ確実に言えるのは、よっぽどの状況でない限り選手の方から「疲れているので(怪我がひどいので)休ませてください」とは申し出ないということ。それが、そのシーズンで長くスタメンを張っている選手ならば、なおさら責任感と危機感がそう言わせないでしょう。ならば、監督が、コーチ陣がその「疲労のサイン」に気づき、「お前は今、疲労などでコンディションが良くないんだ」と自覚させ、「これこれこうだから、お前を1度スタメンから外す」と納得させ、その回復を図らせるとともに、チーム全体の運動量、メンタル、球際の強さを確保し続けることが必要なのではないでしょうか?話は少し逸れますが、根気からメジャーリーグに挑戦しているダルビッシュ有がとあるインタビューで、6/7アスレチックス戦に敗れ、自身初の連敗を喫した後、普段は中4日ないし5日で回していたローテーションを監督が1度飛ばし、中7日空けた時のことを語っていましたが、「自分では疲れたという自覚がなかったし、監督に『いつもどおりのローテーションでいい』ということも伝えたが、監督がそれを受けてくれなかった。しかし、いざ休んでみると、自分が思っていた以上に疲れていたことに気づいた。(疲れが溜まっていたけど気づかなかったことについては)初めてのことだらけで、その対応の仕方が分からなかったせいだと思う」というような内容だったと記憶しています。話を戻すと、今季の東京も「初めてのこと=ACL」に挑み、中2日、中3日での連戦を経験しました。高橋に至ってはA代表に選ばれ、W杯予選に参加するなど、その立ち位置に大きな変化がありました。新潟戦後、選手たちは「中2日の影響は?」という質問に対し、「ACLで経験しているので大丈夫」「それを言い訳にできない」といった内容を答えとしましが、その答えは正しくもあり、間違ってもいたことは試合を見た誰もが感じたはず。そして、それが間違っているとするのなら、それを正せるのは客観的にチームを把握し、スタメンをコントロールできる監督のみ。ケガ人が多いのは事実ですが、ローテーションできないほど選手層は薄くありません。廣永、吉本、丸山、幸野、橋本、河野、武藤、三田、田邉、林、彼らはみな戦力です。今のスタメンと見比べて見劣る部分が多い、これは仕方ありません。キャリアが不足し、若さが見られる、それも分かります。けれど、それぞれに見劣らない部分もあるし、今は誰よりもフレッシュだし、なにより試合に飢えているのはむしろ彼らの方。金曜日の練習でも、丸山、幸野あたりは素晴らしい動きを見せていましたし、練習終了後の武藤、林のシュート練習からは意欲がビンビン伝わってきました。こんな一ファンがたった1日グランドに足を運んだだけで、小平にはいろんな「サイン」が落ちていることを見つけることができるわけです。ほぼ毎日接している監督、コーチ陣がそのサインを拾えていないとは思いたくないですが…ちょっとアンテナの鈍さを感じてしまったことで、一人むかっ腹立てている次第でございます(苦笑)


 高い理想を求めることは大事です。整った組織が織り成す高度な戦術がピッチで表現されるのを見たいと思っています。でも、組織は個の集合体であり、いくら高い理想があっても、いくら高度な戦術を持っていても、それを表現する個がヘトヘトなのでは、何の意味もありません。そして、その個を選ぶのは監督の大きな仕事の1つ。時には無理させることも必要なら、その裏返しとして無理矢理にでも無理させないことも必要。繰り返しになりますが、選手に現状を自覚させ、起用を納得させ、ピッチに立つ11人、ベンチに座る7人、スタンドで見つめるその他の選手全てを、試合が行われるその瞬間には試合だけに集中させる。戦術云々で不満を述べたい人も多いかと思いますが、私はその前段階でもっともっと手腕を発揮してほしい、そう感じています。